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スモールワールド [科学・技術]

network_people_connection.png知り合いの知り合いのまた知り合いの・・・と知人を6人たどると、全世界人口とつながるという俗説がある。なぜ5でも10でもなく6人なのかと言うと、もとを辿れば米国の心理学者スタンリー・ミルグラムが60年代に行った研究に行き着くらしい。彼はミルグラム実験(アイヒマン・テストとも呼ばれる)という物騒な心理実験を考案したことで有名だが、今回の話題とは別の話である。

ミルグラムは無作為に選んだ被験者に郵便物を送り、指定した人物宛にそれを送ってもらうよう依頼した。送り先の人物に心当たりがない場合は、知っていそうな人に転送してもらう。このプロセスを繰り返して目的地に届いた郵便物は、平均6人程度の送り手が介在していたということである。その数値が独り歩きしたか、Six degrees of separation(6次の隔たり)という言葉が人口に膾炙した。出所は米国の一部で行われた実験に過ぎないから、全世界が6人を介して網羅されるという数字にとくに根拠はない。

ただ、私たちの世界が想像を超える巨大なネットワークでつながっていることは事実だ。仮に6次の隔たり説が正しいとして、一人あたり45人の知り合いがいるとすれば、単純に6乗すると世界人口の77億人を超える。毎年年賀状を出す枚数を考えれば、知り合いは45人どころかもっと多いかも知れない。ただしこの計算の前提には、知己のネットワークがランダムに張り巡らされているという仮定がある。実際には、「知り合い」と「知り合いの知り合い」は相当数同じ友人がかぶっているはずなので、知り合いの知り合いだけで2,025人(=45✕45)もいるわけではない。

ランダムからは程遠いが、かと言って身近な共同体だけで閉じているわけでもない。そんな私たちの社会の成り立ちを表現する数学モデルを、スモールワールド・ネットワークと呼ぶ。20世紀末にダンカン・ワッツとスティーヴン・ストロガッツという二人の数学者が発表した研究があって、世界に散らばるローカルな共同体間を比較的少数のリンクで結んでやるだけで、見知らぬ人同士の仮想的な距離はぐっと縮まるのだそうだ。国境を越えた往来が活発になり、SNSを介し簡単に世界とつながることができる現代社会は、半世紀前にミルグラムがドブ板選挙的な実験をやっていた時代に比べ、確かにずいぶんと「小さく」なった。

新型コロナウイルスが、小さくなった世界の現実をいま如実に可視化している。Stay with your communityとか言われているが、同居家族や職場の同僚のような普段のつきあいを超える人的交流によって、感染拡大リスクが跳ね上がるそうである。普段は会わない家族と寝食を共にする機会が集中した年末年始に感染者が急増したのが好例だ。コミュニティとコミュニティを橋渡しする経路が随所で増えた途端にウイルスの拡散が加速するのは、まさにスモールワールド・ネットワークそのものである。「It's a small world after all」と高らかに連呼されるディズニーの看板曲があるが、コロナ禍の今聞くとその意外な含意の深さにため息が出る。

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