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不幸の手紙と変異株 [科学・技術]

mail.png不幸の手紙、と言っても若い人はピンとこないかも知れない。私も実物に出会ったことはないが、子供の頃ドラえもんの『不幸の手紙同好会』というエピソードでその存在を知った。封を開けると何やら不吉な文言が書き連ねてあり、この手紙を一言一句変えず〇〇日以内にXX人に出すこと、さもなくばあなたに不幸が訪れる、と締めくくられるのが基本パターンだ。今で言うチェーンメールの走りだが、当時は手書きの手紙しかなかった時代、こんな課題を押しつけられては面倒くさいことこの上ない。それはさておき、これを題材にちょっとした思考実験をやってみよう。

ある町(A町とする)で不幸の手紙が見つかった。送り先の指示が10人だったとしよう。すると手紙を受け取る人数は、1人から10人、10人から100人、100人が1,000人、と指数関数的に増えていく。ところが手紙を書き写し損じた人がいて、15人に送るよう指示が変わってしまった。すると15人、225人、3,375人と拡散が加速する。10人バージョンと15人バージョンで不幸の手紙が行き渡る速さを比較するため、手紙全体に対する占有率を計算してみる。仮にスタートラインが同じとすると、15人バージョンが手紙全体に占める割合は、15/(10+15)=60%、225/(100+225)=約69%、3375/(1000+3375)=約77%、と日増しに増えていく。たった一度の書き間違いが、やがて本来のバージョンを駆逐し大勢を支配していくのである。

B街の住民はもっと冷めていて、不幸の手紙を受け取った人の多くは「アホくさ」と放置する。5人中1人だけが几帳面に拡散するとしよう。10人バージョンの場合、手紙を受け取った10人中2人が各10人(計20人)に手紙を書き、その20人の5分の1にあたる4人が計40人に・・・、と言う具合だ。A町が1,000人に拡散するあいだ、せいぜい数十人規模にしかならないわけだ。もしB街でも誰かの書き損じで15人バージョンが登場したとすれば、1人 → 15人中3人 → 45人中9人 → 135人のように増えていく。A町と同じように15人バージョンの占有率を見積もると、15/(10+15)=60%、45/(20+45)=約69%、135/(40+135)=約77%となる。出回る手紙の総数は桁違いに少ないB街でも、両バージョンの内訳はA町と全く同じ結果になる。

薄々お気づきと思うが、不幸の手紙は感染症の隠喩で、書き損じから生まれた15人バージョンとは変異株のことである。A町もB街も同じように変異株がいて、従来株よりはいくらか拡散が速いものの、現実に拡散速度の差を生んでいるのは人々の行動癖の違いである。オカルト的なフェイクニュースに動じないB街では、不幸の手紙の拡散スピードはA町より圧倒的に遅い。同じ変異株でも、A町の実効再生産数は15だが、B街では3に過ぎない。しかし変異株が60%、69%、77%と増えている状況はいずれも同じだから、この数値自体は感染規模全体を決める説明変数にはならない。つまり、変異株が占める割合が増えていることと、感染拡大が加速していることは、別の問題である。

変異株が大阪の感染を急拡大させたと明言する人が、政治家にも「専門家」の中にもおられる。しかし上述の通り、変異株が従来株に置き換わりつつあるという疫学的事実をもって、変異株が感染を加速させていると早とちりしてはいけない。変異株の割合が増えているのに全体としては感染が縮小するフェーズもあったし(2月頃の神戸など)、逆に感染力が強いとされる変異株(N501Y)とは無関係に感染者数が急増していた地域もある(宮城県など)。変異株があろうがなかろうが、感染が増えるときは増えるし、減るときは減る。不幸の手紙と同様、感染者数の変動を左右するのは基本的に行動変容である。変異株が従来株を乗っ取る過程は、感染実態のデータを素直に見る限り、感染拡大の原因というよりむしろその結果と解釈するほうが自然だ。

もちろんさらにパワーアップした変異がいつか出現する可能性はゼロではないので、ゲノム解析で状況をモニターする体制整備は必要と思う。でも変異株が見つかるたびいちいち過剰反応するのは、弊害も多い。変異株の患者を従来株と別室で特別に治療する病院の取り組みを聞いたことがあるが、医療現場を逼迫させるだけで何も良いことはない。それに、煽りすぎると人々のメンタルが疲弊し、変異株の脅しが効かなくなってむしろ逆効果だ(フランスではたぶんこれが起こってるのではないか)。不幸の手紙が届いたらビビって拡散したりしない理性が肝心であって、文面に書かれているのが10人なのか15人なのか、その程度の違いに大騒ぎしなくてもいい。

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