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プリウスの暴走事故 [科学・技術]

isogu_car.png池袋で一昨年起きた車の暴走死傷事故の公判で、運転者が自身の過失を否定した。走行中にカーブを曲がる際、少しスピードが出すぎていたことが異常の始まりだったらしい。「ブレーキを断続的に踏んだと思います」「アクセルを踏んでいないのにエンジンが高速回転しました」「パニック状態になったと思う」「(アクセルペダルが)床に張り付いているように見えました」「ブレーキをいっぱい踏みましたが、減速しませんでした」と供述が続く。荒唐無稽な珍答に聞こえるが、被告の車がプリウスだったことを思い返すと、奇妙な既視感を覚える。

2010年3月カリフォルニア州サンディエゴの高速道路で、プリウスを運転中の男性から車が制御不能になったと緊急通報が入った。アクセルを踏んだところ戻らなくなり、ブレーキをかけ続けたが車は加速する一方だった、とは後の会見での証言だが、駆けつけた高速パトロール隊の適切な対処で事なきを得た。その翌日のこと、今度はニューヨーク州ハリソンで、急加速したプリウスが自宅前の道路を猛然と横切り正面の壁に激突した。ハンドルを握っていた女性は、車がひとりでに加速しブレーキを踏み込んでも止まらなかったと警察に語っている。

これらのできごとが注目された背景には、当時トヨタが実施中だった大規模なリコール(レクサス車含む)がある。過去に米国で起きた類似事故の調査結果で、フロアマットにアクセルペダルが引っかかる、ペダルの反応が鈍って最悪戻らなくなる、といった不具合の可能性が指摘されていたのである。電子系統の欠陥で急加速が起こるという説もあったが、(私の記憶する限り)トヨタは電子系統の問題を認めておらず、アメリカ運輸省の調査もトヨタの見解を支持した。

米国の二事案と池袋の事故はよく似ている。いずれも「意図せぬ加速」と「効かないブレーキ」という二つの問題が関わっている。この二つを同時に説明するシンプルな仮説がある。高齢の運転者が発進時や停車時にアクセルとブレーキを混同する事故をしばしば耳にするが、稀に運転者が踏み間違いを全く自覚しないまま大事故に発展するケースがある。頭ではブレーキを踏んでいるつもりが足はアクセルペダルに乗っており、意思に反して車が加速するのでパニックになり、踏み間違いに気づく心の余裕を完全に失ってしまう。

ある米国の調査で急加速事故の58事例を分析したところ、過半数の35事例で衝突時にブレーキを踏んだ形跡がなく、9事例では衝突の直前で初めてブレーキをかけていた(Wall Street Journal)。上述のニューヨーク州の事故後に行われた車載データの解析でも、衝突直前の車はフルスロットル状態で、運転者の証言に反しブレーキをかけた痕跡は認められなかったという。サンディエゴの事例に至っては、運転者の通報そのものがリコールに便乗した詐欺だったのではというまさかの疑惑が持ち上がった。

さて池袋の事故だが、被告の証言が意図的な虚偽でないのなら、ブレーキをアクセルと混同しながら最後まで間違いを自覚できなかった可能性がいちばん腑に落ちる。カーブで減速しようとしたときブレーキに足をかけたつもりが実際にはアクセルを踏んでおり、思わぬ加速に驚きブレーキを踏み込んだが、実際にはアクセルを全開にしていた。アクセルペダルが床に張り付いて見えたと言うがそれは自分で踏んでいたからで、極度のパニックで自分が見ているものとやっていることが結びつかなかったのではないか。被告はいつだったかテレビの取材に「高齢者にも安全な車を」と訴えていたが、むしろ「高齢者の運転はこれだから・・・」と言われないよう冷静な自己分析に務めるのが先ではないか。

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