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感染予測はどこまで正しいのか [科学・技術]

virus_overshoot.png数値気象予報や地球温暖化予測などに比べて、感染者数の推移を予測する疫学数理モデルは驚くほどシンプルな微分方程式だけで成立している。シンプルだから悪いわけではない。計算結果を大雑把に診断するには、モデルは単純にできている方が見通しは良い。が、シンプルなモデルは自ずとたくさんの仮定に依存する。モデルの建て付けが正しくても、仮定が間違っていれば答えは間違う。

東大のグループが精力的にコロナ感染状況のシミュレーション結果を公開していて、最近では東京オリパラ前後の感染者数を予測している(PDF資料)。彼らの結論は、海外からの入国・滞在者による影響は限定的(実施しても中止しても感染状況はあまり変わらない)だが、日本居住者の人流の大小は感染状況を大きく変え得る、とういうことである。後者については、そりゃそうだろうな、と思う。前者に関しては、ホンマかいな?と思う。

彼らのモデルでは、100人の海外感染者が水際対策をすり抜け入国するという仮定がベースになっている。オリ・パラ期間が1ヶ月ほどに渡るとすれば、一日平均数人というところか。この侵入ウイルスが産み出す新規感染者は、シミュレーションによれば一日あたり15人程度にとどまる、ということである。ふと思い出すのが、最近台湾で起きた事例だ。ずっと感染を抑制してきた台湾で、たった一人の国際線パイロットが持ち込んだウイルスが、ごく短期間で数百人規模の感染者を生み出した。この事実に照らすと、毎日数人ずつ合計100人の感染者が侵入しながら一日平均15人増で済むという試算は、甘すぎるのではないか?

以前、スモールワールド・ネットワークの話を書いた。いくつもの閉じたネットワークに少数の経路を加えて結んでやるだけで、ネットワーク間のつながりは一気に広がる。パンデミックの文脈に照らせば、少人数が都市や国の間を行き来するだけで、感染の急拡大を誘発し得ることを意味する。実際、ようやく新規感染者数が下降傾向に入った大阪や東京と入れ替わるように、連休明けくらいから北海道と沖縄で感染が拡大している。GWに大都市から人気観光地を訪れた旅行者が現地に火種を持ち込んだ、ということのように思われる。地元の人だけの小さなネットワークに閉じていれば何も起こらないはずが、そこに舞い込んだ一人の他所者が運悪くウイルスを持っていると、池に投げ込まれた小石から環状に広がるさざ波のように、新たな感染が広がっていく。

私たちの社会は人と人が薄くランダムにつながっているのではなく、家庭や職場や学校のような密で小さいネットワーク同士が緩やかに接して成り立っている。東大グループの疫学モデルは、スモールワールド・ネットワークの非一様性を表現できるほどには、うまくチューニングされていないのかもしれない。面白いことに、彼らのモデル予測を後日几帳面に実測データと比較したグラフが公開されている(ここのページ最下部)。各時点から一週間先の予測を検証した時系列で、一見よく再現されているようであるが、よく見ると新規感染者数の予測がわずかに(一週間ほど)実測から遅れて推移している。

一週間先の予測が一週間遅れて現れるのは、今日の天気で明日の天気を予報しているようなものだ。今日が晴れなら明日は晴れ、今日が雨なら明日も雨、と言い続けると、あとから見れば一日遅れで必ず「当たる」予報になる。それと同じで、遠目には実測に沿っているように見えるシミュレーションは、一週間スパンで初期条件がほぼそのまま反映されているだけの結果にも見える。これでは、このモデルが弾き出す数カ月先のシミュレーションがどれほど当たるのか、評価するすべがない。

蓋を開けてみれば、オリンピックをやっても目立った感染拡大は起こらないかもしれないし、怒涛の波がやって来るかもしれない。そんなロシアン・ルーレットを迫られたとき、本当に引き金を引かなければいけない理由があるのか。いま私たちに突きつけられているのは、そんな問いである。