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個人情報の話 [社会]

尼崎市全市民の個人情報が入ったUSBメモリを委託業者の関係社員が紛失するという「事件」が起きた。泥酔して路上に寝ている間に、カバンごと失くしたということである。後日スマホの位置情報から無事に回収できたそうだが、なぜ見も知らぬ私有地内にカバンが放置されていたのか本人は記憶がないという。学生のころ飲むと気持ちよさそうに路上に寝てしまう友人がいたが、件の人物はそれなりに責任ある仕事を請け負っている社会人である。会見では関係者がパスワードの桁数を明かしてしまうという珍事も起きた。いろいろと残念な事件である。

kojinjouhou_rouei_businessman.png個人情報保護法が成立したのが2003年、全面施行が2005年である。今では厳しい個人情報管理は常識となり、USBを持ち出せる管理体制自体があり得ないと指摘する街の声も聞く。もともとデータプライバシー意識の高まりが法制化の背景にあったと思うが、結果として腫れ物に触るように個人情報を扱う今の状況がより強固なデータ管理を社会に要求する相乗作用が進んでいるようである。もし尼崎の事件が起こったのが20年以上前だったら、ローカルニュースにすらならなかったのではないか。もっとも、当時のデータ媒体で40万人超の個人データを簡単に持ち運べたかどうかは別の話だ。

ただアナログデータしかなかった時代も、個人情報漏洩の問題が皆無だったわけではない。高校の卒業生名簿や卒業アルバムを買い取る業者がいて、決して応じないように、という通知が出身校の同窓会から来たことがある。1990年代だったはずだ。どういう需要があるのか詳しくは知らないが、それを思い出したきっかけはテレビの犯罪報道などで見かける加害者や被害者の「若すぎる」写真だ。近影が見つからなかったのか、とっくに成人している人物なのに卒業アルバムから切り出したと思しき過去の肖像写真をしつこく使い回す。報道関係者が何らかの手段で入手したのだと思うが、あれって個人情報管理としては問題にならないのか?加害者ならまだしも、殺人事件の被害者に了解を取ったはずはあるまい。

メディア側は、公益性云々という弁明を展開するのかもしれない。社会の側に他人のプライバシーを掘り返したがる需要があるということである。自分の個人情報が晒されたくないのと同じくらいの熱量で、他人の個人情報には無関心でいられないのが、人間の業ということなのか。

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