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一滴のしずく [社会]

wave_nami2.pngユルめのスケボー解説が人気の瀬尻稜さんの表現を借りれば、東京の感染拡大が「鬼ヤバい」ことになっている。気がつけば、記録をあっさり更新していた。五輪無観客にもかかわらず、7月下旬に都内の新規感染者数が連日3,000人を超えるなどと、誰か予測していたっけか?

高齢者にワクチンが普及したおかげで死者数が増えていないから、感染が広がっても問題ないという見立てがある。たしかにひと頃に比べると、コロナで亡くなる人はずいぶん減っている。ワクチンの最終的なゴールは、(理論上は)集団免疫で新型コロナを「ただの風邪」かせめてインフルエンザ程度にすることだから、ようやく希望の光が見えてきた。しかし、死者さえ出なければ良いわけでもない。東京都のコロナ入院患者はジリジリ増え続けており、今や3,000人を超え正月明けのピークに迫りつつある。ちなみにインフルエンザの入院者数は、大流行した2018‐19年シーズンでも都内のピークが200人ちょっとだったから(東京都感染症情報センターより)、新型コロナがインフル並みに落ち着く日はまだ遠い。効きの悪い緊急事態宣言をだらだら続けるのがいいとはまったく思わないが、手放しで感染拡大を放置するには、日本の接種完了率は依然として低すぎる。

Agoopのデータを見ると、直近一ヶ月のあいだに都内で人流が目立って増加しているのは、高尾山くらいである(夏休みで家族連れハイキング需要が急増したか)。都心の繁華街はおおむね横ばいか微減傾向で、その意味では緊急事態宣言が全く効いていないわけではない。それにしても、人出は増えていないのに新規陽性者数が急増しているのは、なぜか?官邸サイドには、人流が減っているから大丈夫という寝ボケた観測があるようだが、裏を返せば人流抑制ではもはや感染を制御できないということだから、問題の根はむしろ深い。

今までも、人流と感染状況の動きがいつも連動していたわけではない。正月明けの第3波では、都心から人が消えていた年末年始にむしろ感染が跳ね上がった。このときはおそらく、夜の街ではなく帰省先の親戚団らんが感染の温床だった。今回も、誰かの家に大勢で集まりTV観戦に盛り上がっているケースもあるかも知れないが、それだけなら全国どこでも事情は同じだ。感染発生は首都圏に集中しているから、震源地の東京に何かきっかけがあるはずである。

人流を川に例えるなら、感染のきっかけを作るウイルスはその上流で混入する異物のしずくだ。初めはごく微量の不純物でも、放っておくとたちまち増殖し川面いっぱいに広がる。下流の街を守るために水門で流れを堰き止めてしまうのがロックダウンで、水源地で異物の混入を地道に阻止するのが水際対策である。欧米はたびたび大胆に水門を閉めたが、ニュージーランドや台湾は水質管理を徹底して川の流れはなるべく止めない独自の政策を取った。後者は経済へのダメージや社会の閉塞感を最小限に抑えられるが、一滴のしずくがうっかり紛れ込んだとたん、急流に乗ってたちまち下流まで拡散する危うさを抱える。台湾でこの5月に発生した唐突な感染拡大は、その顕著な一例であった。

菅総理は人流は減っていますと涼し気だったが、人流と感染急増が噛み合っていないからこそ急いで要因を分析すべきだと、なぜだれも進言しないのか。川が増水したわけでもないのにみるみる水の色が変わり始めたら、上流で誰かが何かを入れたということだ。急拡大が始まったタイミングから察して、五輪バブルの割れ目からぽたぽたと滴り落ちるしずくが東京の第5波に油を注いでいると考えるのが、いちばん理にかなっている。G7後にコーンウォールで起きた感染拡大を思い出すが、東京は人口規模が桁違いだ。オリンピック主催側は誰も責任を認めないだろうが、うやむやに流しているとパラリンピックの実現可能性がシャレでなく鬼ヤバいことになるかもしれない。

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牡蠣とオリンピック [その他]

台風8号が異例のコースをたどり東日本に接近している。偏西風が北に退く夏の台風はもともと迷走しがちだが、日本の緯度までやって来てからこともあろうか西進を始めるケースは珍しい。わざわざ東日本をめがけてやって来ているが、まるで台風がオリンピックを観たくてたまらないかのようだ。はるばる来てもどうせ無観客だと、誰かちゃんと伝えたか?

台風接近のため、オリンピックのボート競技は早々に日程を変更したようである。海上競技は、荒天は言うまでもなく強風で波が立つだけで影響が出る。波と言えば、ちょっと面白い話を聞いた。オリンピックのボート・カヌー会場には、コースに波の侵入を防ぐための消波装置が設置されている。2年前のテスト大会で、海面に浮かぶ消波装置に異変が見つかった。なんと大量に付着した牡蠣の重みで、装置が沈み始めていたのである。やむなく都が牡蠣の撤去作業を敢行したところ、除去した牡蠣は総重量14トン、費用は1億円を超えたそうである。競技場の消波機能は回復したが、そのかたわら五輪組織委は度重なる荒波に見舞われ、こちらの防波堤は残念ながら初めから最後まで沈みっぱなしであった。

kaki.png開催に反対の声をあげていたメディアや野党勢力が、オリンピックが始まるやいなや声援に盛り上がっている、と「掌返し」に苦言を呈する向きがある。そんなにめくじらを立てるほどのことでもない。食あたりが危ないから生牡蠣はやめろと言っていた人が、いざテーブルに出されると美味いとパクパク食べ始めた、程度の話である。調子こいたヤツと思うだろうが、いちいち怒るのも野暮だ。

ぼったくり男爵のことはそのうち皆どうでも良くなるかも知れないが、問題はパンデミックの方だ。極上の生牡蠣でも、そこにノロウイルスがいれば食中毒を引き起こす。オリンピックの熱狂でつかのま浮世の憂いを忘れても、そこにコロナウイルスがいる限り感染はやはり広がる。東京都の感染動向サイトを見ると、ここ数日で発熱相談件数が急増している。発熱相談件数は新規陽性者数に先行して動きがちなので(年末年始の第3波もそうだった)、ちょっと気がかりな予兆ではある。

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開会に寄せて その2 [スポーツ]

figure_shouka.png今回の大会ほど、直前になって炎上案件が次々と持ち上がったオリンピックは記憶にない。つい数日前に記事を書いたときは、小山田問題のあとにまだ爆弾が潜んでいるとは思ってもいなかった。本番二日前に小林賢太郎氏の「ユダヤ人大量惨殺ごっこ」コント問題が突然持ち上がり、これまでの案件ではノラリクラリだった組織委が、今回はまたたく間に鎮火に乗り出した。

問題のコントはノッポさんの『できるかな』パロディで、箱いっぱいの人型切り抜きを持ち出してきた設定のゴン太くんに「あのユダヤ人大量惨殺ごっこやろうって言った時のな」と返し、その企画はプロデューサーから「放送できるか!」と怒られたというオチになっている。つまり放送禁止のタブーという暗黙の了解を前提に、あり得ないシチュエーションをシュールな笑いのネタにしたようである。しかし仮に外国のコメディアンが、広島・長崎の原爆投下をネタに「日本人大量惨殺ごっこやろうといった時のな、あ、これヤバいやつか」と笑いを取ったら、私たちはどんな心象を抱くだろうか。タブーとわかっていたのなら、もう少し心ある想像力を働かせていれば、あのコントにはならなかったのではないか。

欧米メディアの中には、小林氏の失言をAnti-semitic(反ユダヤ的)と表現した記事がいくつもある。この言葉には、ナチス・ドイツによるホロコーストは言うまでもなく、キリストの受難にまで遡る歴史的に根の深い諸問題が染み込んでいる。だから国際社会は、ユダヤ問題を揶揄する発言には極めて敏感だが、その緊張感は平均的な日本人にはなかなか想いが至らない。小林氏に反ユダヤの意図など微塵もなかったと思うが、欧米から見ればその無邪気さが逆に想像の埒外なのだ。ちなみに、この問題に抗議を表明したユダヤ系人権団体SWCのWWWページでは、小林さんと小山田さんの別案件をごっちゃにしている気配がある。色々な意味で、彼らの理解を超えているようである。(後日SWCのサイトは改訂され、小山田氏のいじめ案件と混同していた箇所は現在は削除されている。7月24日追記)

ちょうどオリンピックの開会式をテレビで見ながら、この記事を書いている。前半は少しダレ気味の感があったし、IOCの男爵は場が白ける冗長なスピーチでまたヒール感がパワーアップしたようだ。しかし、後半はかなり面白かった。競技ピクトグラムを敢えてアナログに再現するアイディアは新鮮で見事だったし、市川海老蔵と上原ひろみの異色共演が見られるとは思わなかった。コロナ禍のさまざまな制約の中でこれを造り上げた人たちの創意工夫と尽力に、頭が下がる。

聖火ランナーの最終走者が大阪なおみさんだったのは、いろいろあった組織委員会がひねり出した優等生的回答だなと思う。テニス界で名実ともに世界の先端を走るスター選手であり、BLM運動など社会の不平等問題に積極的な発信をする人である。オリンピックの精神に照らした組織委員会の「満点答案」が、彼女だったと言える。もっとも、テストで一番を取る子がクラスの人気者とは限らない。少なからぬ日本人は、吉田沙保里さん、王貞治さん、長嶋茂雄さんといった伝説アスリートを差し置いて大阪さんがトリに抜擢されたことに、微妙な後味を覚えたかも知れない。組織委員会は先生の顔色を伺うのに必死、という印象を新たにした幕切れだったと言うこともできる。

東京2020改め2021大会が(良い意味で)特別なオリンピックとして歴史に記憶されるか、今はまだわからない。ただ、紅白歌合戦の小林幸子のように年々ハードルが上がり続けたオリンピック開会式の演出を一旦仕切り直し、地味な手作り感に原点回帰するのもアリだと世界に示す機会としては、とても良かったと思う。

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開会に寄せて [スポーツ]

東京オリンピックの開会式が、今週金曜日に迫っている。紆余曲折を経てついに開幕を目前に控えたいま、相変わらず場外がいろいろ騒がしい。開会に寄せて、小ネタをまとめておきたい。

figure_depressed.pngウガンダの重量挙げ選手が失踪した。ウガンダ選手団全体が濃厚接触者として自己隔離したあとだったので、騒ぎはいっそう大きくなった。この選手は直近の世界ランキング変動の結果オリンピック出場資格を失ってしまい、一人帰国を余儀なくされていたそうである。だから逃げて良いわけではないが、はるばる東京までやってきた矢先に夢の舞台から門前払いを喰らい、心が折れてしまったのか。故郷の家族を支えるため日本で仕事を探したい、と書き置きを残していたそうで、その律儀さがなんだか切ない。しかし日本の就労許可はお持ちでないはずなので、早く見つかって連れ戻された方がご本人のためにも良さそうである。

バッハIOC会長の歓迎会が人数限定・飲食抜きで行われ、このご時世に浮かれるなと迎賓館の外では抗議デモが繰り広げられたそうである。メシなし酒なしの徹底した倹約レセプションを「男爵」ご本人が本心でどう思っていたかは知らないが、感染対策を取った上で地味にセレモニーを開くことに、異を唱える理由はない。好き嫌いは別にして客は客だし、賛成か反対かは別にして五輪は始まるのだ。取引先のボスが高飛車なヤツでも、契約にしがみつくと決めたのなら、ビジネスライクに礼儀は通さないといけない。

早くも選手村で感染者が見つかったようである。少なくとも入国時の水際対策が万全でないことは、あっさり証明されてしまった。少数の陽性者発生は想定内で、検査と隔離が速やかに回る限り、それ以上の飛び火は防げるだろう。だがゴキブリホイホイと同じで、そこで見つかるウイルスがいるなら、その陰で検査をすり抜けているウイルスもたぶんいる。選手や関係者の入村が本格化するのは今からだし、選手村の外でも五輪関係の人の動きはますます活発化していく。懸念の種は尽きないが、とにかくオリパラ感染が大惨事にならず大会が無事終わることを祈る。

開会式のクリエイターチームの一人、コーネリアスこと小山田圭吾氏の「障がい者いじめ」問題が炎上している。オリパラの理念にふさわしくないという辞任要求派と、90年代の雑誌記事を蒸し返して吊るし上げるべきではない、という擁護派に意見が割れるようである。この期に及んでまた「意識低い系」オリンピック関係者の醜聞かと思いきや、小山田氏が吹聴したとされるいじめの内容は見識を欠く若気の至りで流せるレベルではなく、その陰惨さ・おぞましさにドン引きする。しかし組織委の学習能力の低さは筋金入りで、今回も主催側ワンチームで留任をサポートする目論見だったようだが、結局辞めるハメになった。この展開は何度目だろう?これほど絶望的なまでに危機管理意識が欠落した組織委が、オリパラのコロナ感染対策を仕切っている現実は、空恐ろしくないか。ウガンダの選手よ、私たちも一緒に逃げて良いか?

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第5波の予感 [社会]

drink_sake_sakazuki.png金融機関や卸売業者を使って飲食店の酒提供を制御しようした政府の企みが顰蹙を買い、案の定すぐに頓挫した。感染対策なのだから本来は政府自ら規制に乗り出すべきところ、嫌われ役を民間に押し付けようとする発想がセコい。想像するに、政府は業者からの反発は想定していたかも知れないが、社会全体から総スカンを喰らうとまでは思っていなかったのではないか。マジメに要請に従い苦境に耐える店と、要請破りで荒稼ぎする店という善悪対立の構図を前提に、世論は後者への「お仕置き」に加勢すると政府が踏んでいた気がする。だが、目論見は完全に外れた。

酒提供停止や時短の要請を堂々と拒否する飲食店が、少しずつ増えているようである。少し前だったら、抜け駆けはアングラでひっそりやらないと、世間の眼は冷たかった。しかし今回、メディアにマイクを向けられた酒卸業者の多くは、長年付き合いのある飲食店の信頼は裏切れない、と西村大臣の要請を一蹴した。メディアがそういうコメントを好んで収集している気配もあって、つまるところ「要請破りの正義」に追い風が吹き始めたのである。西村大臣は、図らずもパンドラの箱を開けてしまったのではないか。酒を出して深夜まで店を開けても世論は味方につく、という機運が飲食業界の中で高まっていけば、ただでさえガタついている緊急事態宣言は完全に有名無実化するだろう。

そんな中、開会式を来週に控え五輪関係者が続々と来日している。入国後しばらくは厳しい行動制限が課されるが、そこに国際スポーツ記者協会(AIPS)のメルロ会長が嚙みついた。彼はオンライン会議のスピーチで、海外の記者は敵ではない、日本のおもてなしはこんな冷たいものではないはずだ、と訴えている(AIPSのサイト)。心情はよくわかるが、スピーチの中程に不可解な一節がある。「(日本の人々は)我々が外出するのを写真に撮ってネットに晒すよう促されているんですよ。考えられます?我々の一挙一動を見張って、規定違反の疑いがあればネットに上げるよう国民に要請するなんて?全くイカれてますよ、人種差別につながりかねません。」自粛警察を買って出るネット民はちらほら出てくるかも知れないが、積極的に海外ジャーナリストを監視させる動きなど聞いたことがない。こんなガセネタをどこで掘り出したのか不明だが、記者協会の会長自らフェイクニュースをばら撒いてどうするのか。

メルロ会長は、海外記者はワクチンが遅い日本の失政のツケを払っている、と言い切る。批判の当否はさておき、日本よりはるかにワクチン接種が進んでいるはずの英国や米国は、人口あたり新規感染者数で未だ日本よりずっと高い水準にある。感染率の高い国から多くの人々がやって来れば、国内の感染拡大リスクを悪化させるのは数字の上では自明である。五輪関係者は14日隔離が3日で済む特例を享受できる以上、無粋なおもてなしとは言え動線が厳しく管理されるのは我慢してもらう他ない。

記者協会トップがこんな様子なので、規制にウンザリした海外メディア関係者の中には、お忍びでバブルを突破する輩もいそうである。そして彼らが彷徨い歩く先には、やはり規制に疲れ通常営業する店で赤提灯が夜風に揺れている。誰かを責めるつもりはないし、彼らが第5波の火に油を注ぐと決まったわけでもない。が、東京都の感染者数が第4波のピークをあっさり超えた今、何となくカオスの到来を予感させる展開ではある。

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サヨナラって言います? [語学]

ホームラン・ダービーの結果は残念だったものの、大谷翔平選手の快進撃がすごい。ある日のゲームで打ち上がった彼のホームランボールを追い、「ウヮーオ、サ・ヨ・ナ・ラ!」と大興奮する現地の中継映像を見かけた。何のこっちゃ、と苦笑した人は多いと思うが、日本語と言えばアリガトとサヨナラくらいしか知らないアメリカ人は珍しくないので、大目に見てあげれば良い。

aisatsu_sayounara.pngところで、私たちは普段「さよなら」ってそんなに言うだろうか?最も世界で知られた日本語のわりに、当の日本人はさほど使わない言葉のような気がする。仕事帰りに席を立つときは「お先に」「お疲れ様」、友達どうしでは「じゃ」とか「またね」、かしこまった場では「失礼いたします」辺りが一般的ではないか。私自身、さよならと最後に発声したのがいつだったか、正直のところ思い出せない。「さよなら」は、敢えて口にするにはちょっと重い響きがある。恋人同士が別れるときなどに相応しい言葉だ。

「さよなら」を英語にGoogle翻訳してみると「Goodbye」が出てくる。ある意味で正しい訳だなあと思うのは、日本人が誰でも知っている英単語「Goodbye」も、日常的にはあまり聞かれない挨拶のような気がするからだ。電話を切る間際などに短く「Bye」と言うことは良くあるが、日々別れ際によく耳にするのは「See you」とか「Have a good day/evening」あたりだろうか。Goodbyeは一見して語感が軽めだが、もとを辿れば「God be with you(神が共に御坐すように)」が語源だそうで、宗教的な色合いが強くちょっと敷居の高い挨拶である。仏語に「Adieu」というヘビー級の惜別の辞があるが、ここにも神(dieu)が宿って少し近寄りがたい。

教科書に載っている定番のフレーズが、必ずしもネイティブが好んで使う表現とは限らない。「Thank you」への答えは「You're welcome」だと英語の授業で習ったはずだが、これは「ありがとう」に対して「どういたしまして」と答えるのに等しい。完璧に通じるからそれで良いと言えば良いのだが、私たちは日常会話で「どういたしまして」と本当に言っているだろうか?ありがとうに対しては「いえいえ」だったり無言の会釈だったり、もっと簡便に済ませるほうが普通ではないか。アメリカで「Thank you」と言ったら、返ってくる言葉はたぶん「No problem」とか「Sure」あたりが多いと思う。個人的には、発音が簡単な「Sure」を愛用している。

毎日のように使う言葉ほど、重く改まった表現は徐々に敬遠され、軽くて短いフレーズに収斂していく。でも、そこに込められる人の気持ちまで薄くなる一方というわけでもない。「またね(日本語)」「See you(英語)」「Au revoir(仏語)」「再見(中国語)」のように、いずれもまた会うことを念押しする別れの言葉が、国を問わず好んで使われる。単なる偶然の一致だろうか?

コロナ禍で、普段会えていたはずの人に長い間会うことの叶わない日々が続いた。「またね」と手を振りながら、また会える機会のかけがえのなさを想って胸が疼く。人類は長い歴史の中で、伝染病や戦争のように人と人を引き裂く苦難を幾度となく体験してきた。その辛い記憶が、私たちが何気なく使うことばを無意識に選び、日々の悲喜交々をひそかに彩っているのかも知れない。

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スーパー五輪ブラザーズ [フィクション]

coin_medal_gold.png20XX年、東京で再びオリンピック・パラリンピックが開催されることとなった。しかし折り悪く、毒キノコによる疫病が世界に蔓延し、オリンピックの開催形態に大幅な見直しを余儀なくされる。侃々諤々の議論の末ようやくその方針がまとまり、IOC会長と日本の首相による共同会見が催される運びとなった。以下はその全容である。

司会「みなさま、お集まり下さりありがとうございます。では、まずIOCバッカ会長からオリンピックの新たな形式についてご発表いただきます。」
IOC「このようなキノコ禍の状況ですので、大会の大幅な簡素化が必要と決断しました。そこで、思い切ってオリンピックを一種目だけに限定することとしました。」
(会場ざわつく)
司会「一種目といいますと?人気種目を残すなら、100m走か何か?」
IOC「いえいえ、公平を期してすべての種目を取りやめ、全くの新種目を設けます。ルールはとても簡単ですよ。選手には、拳を頭上にまっすぐ突き上げ、その状態でジャンプしてもらいます。」
司会「・・・。それだけですか?」
IOC「いえ、箱が空中に浮いていまして、選手が拳で箱を叩くと金貨が飛び出す仕掛けなんです。コインを一番たくさん叩き出した人が、金メダルです。どうです?盛り上がるでしょう。」
司会「それなんだか見覚えが。もしかして、土管に潜り込んだり、甲羅を蹴飛ばしたりするヤツですか?」
IOC「ええ、障害物競走も検討しました。が、舞台装置が大変なので採用しませんでした。」
司会「叩き出したコインは、選手への賞金になる仕組みなんですね?」
IOC「まさか。コインはもちろん、IOCが全額回収します。つまるところ、オリンピックはカネを産み出すことが価値なのです、私どもにとっては。」
司会「はあ。では、会場から質問をお受けします。はい、どうぞ。」
記者「キノコ禍再拡大の懸念から、東京は再び緊急事態宣言下にあります。このような状況下でのオリンピック開催を、どうお考えですか?」
IOC「私たちは緊急開会宣言と題して、開会式に臨席するIOCファミリーで乾杯する企画を温めてますよ。」
記者「スカ総理はいかがお考えでしょうか?国内のワクチン接種率はまだ10%台の状況ですが。」
(筆者注:記者が言及したのは、毒キノコを体内でスーパーキノコに変質させ無敵の抗体を作る、新しいワクチンのことである。)
首相「私は、安心安全のオリンピック開催に向け、全力を尽くしてまいります。」
司会「では次の方、質問どうぞ。」
記者「首都圏の無観客開催を受け、想定されていたチケット収入は大幅な減収が予想されます。赤字の穴埋めに、多額の税金が投入されるのでしょうか?」
IOC「個人的には、皆さんにはご自宅からご覧いただいた方がスポンサーの放送局は喜びますので、無観客のほうが良いと初めから思っていました。」
記者「えっと、総理に伺ったのですが。」
首相「私ですか?とにかく、安心安全の大会にしてまいります。」
司会「では、次の方。」
記者「IOCやスポンサーは無観客でも収益が保証されるかも知れませんが、キノコ禍のせいで開催国・開催都市は持ち出しばかりで大損ですよね。このようなオリンピックのあり方について、どのようにお考えですか?」
IOC「オリンピックはIOCのビジネスですから、我々がガッツリ儲かるよう契約するのは当然です。開催都市を脅したりはしませんよ。選んであげた途端みんな有頂天になって、契約に署名するときは子犬のように聞きわけが良いですからね。今回は想定外のキノコ禍のため、いつもより開催都市の弱みが目立ってしまいましたけど、これまで多額の出費に苦しんだ都市は東京だけではありませんよ。」
記者「何の気休めにもなりませんが。」
IOC「ははは。でも、東京には感謝していますよ。前回のオリンピック閉会式でスカ首相の前任者がゲームのキャラに扮して登場してくれたおかげで、今回新種目のアイディアが生まれたわけですから。」
司会「スカ首相、いかがですか?」
首相「ですから、私としては先程申しましたとおり、安心安全の大会に尽力してまいります。」
司会「では、最後に一言お願いします。」
IOC「選手の皆さん、ご健闘をお祈りします。皆さんのおかげで、私は老後も良い暮らしができそうです。IOC幹部と大口スポンサーを代表して、深くお礼申し上げます。」
首相「私としましては、安全安心の・・・えと、安心安全か。安全安心?安心安全?あれ、どっちだったっけ?」
司会「ありがとうございました。では皆さん、どうかステイホームでテレビをウォッチしながらアスリートたちにエールをシャウトしオリンピックをエンジョイして下さい。司会の湖池ユリ子でした。」


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あるような、ないような [政治・経済]

JapanMapOlympics.jpg少し前の話だが、東京オリンピック公式サイトに掲載されている聖火リレー経路のマップ(右図)に、強い抗議を申し立てた韓国の反日勢力がいる。そこに竹島(韓国で言う独島)が載っている、というのである。この問題自体をここで深堀りするつもりはない。私が感心したのは、この地図を作った人の匙加減の妙である。

ぱっと見ただけでは、一面ただ空白の日本海にしか見えない。だが画像を目一杯拡大して、隠岐諸島の北西方向に目を凝らしてみよう。たぶん、はじめはホコリか何かかなと思う。スクリーンをよく掃除して、もういちどやってみよう。ものすごく薄くて小さいシミのような点が見えてくるはずである。それが竹島だ。もともとこの縮尺では消え入りそうなほど小さな島だが、瀬戸内海などの島々は、どんなに小面積でも本土と同じ明度で塗られている。竹島だけ敢えて目立たないよう背景に溶け込む配色にしたのは、明らかに意図的である。誰も気付かないくらいこっそり忍ばせるなら、はじめから描かないという選択肢もあったはずだが、それはそれで誤った政治的メッセージになると恐れたのか。なるべくなら見つけて欲しくない、でも描き込まないわけにもいかない。そんな苦悩の着地点が、極薄の竹島だったと推察する。

そのあるようなないような竹島をちゃんと発見したどなたかの執念もすごい。とんでもない視力の持ち主でない限り、否応なく目に入ってしまった、という可能性はない。意図を持って血眼で探さなければ、まず発見できない。平昌オリンピックの南北統一旗に竹島(独島)を描き込んだときは日本が抗議したので、その意趣返しのようでもある。しかし今回は旗のデザインではないし、明らかに人目につかないように描かれているから、敢えてケンカは売らないという無言のシグナルではないか。だから、ここは気付いてもスルーするのが、大人として正しい外交的対応だったはずである。

反日勢力とオリンピックと言えば、安倍元総理が雑誌の対談で「一部から反日的ではないかと批判されている人たちが、今回の開催に強く反対しています」と述べて物議を醸した。名指しされた共産党や朝日新聞と安倍氏との確執は当事者たちに対処を任せるとして、実際のところオリパラに反対する国民の大半は、聖火台の点火と同時にコロナの火種も灯してしまう感染リスクを懸念しているだけである。コロナウイルスにとっては、反日も愛国も関係ない。コロナ禍でオリンピックを開催する意義が一つあるとすれば、人種や性別や思想信条で人を差別しないウイルスが、理想の平等社会を象徴していることだろうか。

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ぴよりん [その他]

藤井聡太君が王位防衛を賭けて豊島竜王と望んだ初戦、結果は破れたが、勝負と関係のないところで話題が沸騰した。藤井王位がおやつに注文した「ぴよりんアイス」である。そのあまりに愛くるしいルックスに、ぴよりんとはいったい何者かと巷がざわついている。

piyorin.png名古屋圏にお住まいなら、既にお馴染みの人も多いだろう。ぴよりんはJR東海傘下のメーカーが2011年に産み出した、名古屋銘菓の新しい顔である。プリンをババロアで包んだふわふわの身体に、粉状のスポンジをまとった羽毛感、チョコであしらったつぶらな瞳とシンプルなパーツ(右写真は公式サイトより)。ぴよりんが買える店は名古屋駅構内の二軒だけで、その一つが新幹線の改札を降りたそばにある。発売開始後まもないある日、出張帰りにショーウィンドウにずらりと並ぶコイツを発見したときは、ちょっとびっくりした(もちろん買って帰った)。

一羽ずつ手作りなのでむやみに量産できず、その後人気がじわりと広がると、出張帰りの時間帯では本日完売で出会えない日も多くなった。とくに、あまおうぴよりんなど季節限定モノは、すぐいなくなる。生誕10年を記念して各種企画が進行中で、そのひとつが名古屋マリオット・アソシアとのコラボ作品、ぴよりんアイスである。7月1日からマリオットのラウンジで提供が始まったばかりとのことだが、先行して藤井君を巻き込み宣伝を打った企てが、見事に当たったようである。

もともと、名古屋は全国的に知られた地元銘菓が少ない。青柳ういろうは定番と思うが、他にメジャーなブランドはあまり思い至らない。きよめ餅やなごやんなど隠れたロングセラーもあるが、他府県の方はおそらくご存知なかろう(どちらもふつうに美味しいのだが)。味噌カツとか天むすとか昭和なインパクト満載の名古屋飯が有名なだけに、スイーツで人気を取りづらいのかもしれない。その空白地帯に彗星のように現れたのが、ぴよりんである。しかし生モノなので日持ちがしないのと、長距離の持ち運びが難しいこともあり、なかなか全国規模で知名度を伸ばせなかった。

なぜ持ち帰りが大変かというと、プリンにババロアという「虚弱体質」のせいで、かなり崩れやすいのである。ひと頃「ぴよりんチャレンジ」というハッシュタグが流行り、チャレンジ失敗で変わり果てた箱の中のぴよりん画像がSNSを飛び交った。ググれば山ほど出てくるが、変形や転倒など序の口で、バラバラ殺人に見舞われたようなぴよりんの残念な有り様に思わず合掌したくなる写真も少なくない。通販などむろん問題外だ(その都度ぴよりんチャレンジを突きつけられる配送業者はたまったものではない)。

ぴよりん誕生以前、おなじJR東海フードサービスが作ったシャチボンという鯱鉾型シュークリームが売られていた。シャチボンもかなり手の込んだゆるキャラ・スイーツだったが、おそらく名古屋以外で知る人は少ない。シャチボンが果たせなかった全国区の人気をぴよりんが勝ち取ったのは、藤井君のおかげでもあるが、ここ10年で急成長したSNSの威力が大きい。とは言え、お取り寄せのきかないぴよりんに出会うには、名古屋駅まで足を伸ばす他ない。情報拡散の早いご時世だからこそ、手が届きそうで届かないリアルにかえって萌える。ネットの情報インフラを最大限に活用しながらご当地でしか手に入らない限定アイテム、これが今後の地域振興を牽引する戦略の一つになるのではないか。

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