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ペット同伴 [動物]

元旦には北陸の大地震、二日には羽田空港の衝突炎上事故が起き、大変な年明けを迎えた。JAL機と衝突した海保機は北陸の被災者支援に向かう途上だったそうで、亡くなった5名の乗員はある意味で地震の間接的な犠牲者と言えるかもしれない。一方JAL機の乗客・乗員は機体に炎が迫るなか全員が無事脱出し、海外からも「教科書どおりの」緊急脱出と賞賛を浴びた。ただ同機の貨物室にいた二匹のペットが犠牲になったことで、機内にペットを同伴することを許可すべきだという声がネットで相次いだ。この件が地味に論争を呼んでいる。

pet_carry_cage_dog.png国際的には、ペットの機内同伴を認める航空会社もある。その場合動物は(盲導犬のようなサービスアニマルを除き)手荷物扱いで、ケージの大きさを含めいろいろ制限がある。ペットを目の届く手元に置いておけるなら、手荷物扱いであろうと飼い主にとっては安心だろう。ただし問題は非常時である。緊急脱出の際に手荷物を持ち出すことは許されないので、必然的にペットを連れて逃げることもできない。羽田の事故時に貨物室にいた気の毒な動物たちは、仮に機内にいられたとしても結果は同じだったのである。

ペットも尊い命なのだから、非常事態では規定にこだわらず連れ出すことを許されるべきだ、という主張があるかもしれない。しかし、そもそもなぜ緊急脱出の際に手荷物を持ち出せないかというと、他の乗客の脱出を妨害するからである。この点において、手荷物の中身が日用品でも生身の動物でも変わりはない。今回の炎上事故のように一刻を争う事態の場合、誰かがペットのケージを引っ張り出すわずかな時間が生死の命運を分けかねない。さすがに、助かるはずの乗客の命を犠牲にしてまでペット救出を容認する航空会社はない。ペットを機内に同伴するということは、最悪の事態には目の前で最愛の伴侶を置いて逃げないといけないことを意味するのである。

もし深刻な航空機事故でペットを失うリスクが耐えられないのであれば、飼い主が取れる唯一の選択肢は、ペットを旅行に連れて行かないことである。もちろん飼い主にもいろいろ事情はあって、ペット同伴で航空機移動しなければならないこともあるだろう。でも本当に最愛の尊い命に寄り添うのであれば、彼らの気持ちを探ってみればいい。もしペットが喋ることができるなら、頼むから旅なんて止めてくれと言うだろう。犬や猫のような動物は繊細で環境の急激な変化を好まないので、ケージに入れられ連れ回されるのが楽しいはずはないのである。

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サカバンバスピス [動物]

kodai_sacabambaspis.png4億年以上前に絶滅した古代魚が、いま静かなブームを呼んでいるらしい。その名をサカバンバスピスといい、化石が最初に発見されたボリビアのサカバンバ村に由来する。古生代オルドビス紀に生息していた無顎類の一属だそうである。

舌を噛みそうな名の古代魚が脚光を浴びた経緯がまた謎めいている。ヘルシンキ自然史博物館の片隅にひっそり展示されていたサカバンバスピスの復元模型を、古生物学を研究する大学院生がX(旧ツイッター)に上げた。すると、そのすっとぼけた愛らしいビジュアルが、なぜかフィンランドから遠く離れた日本でバズった。試しにググってみると、イラストやぬいぐるみからTシャツのプリントに至るまで、ゆるキャラ化したサカバンパンピスがそこかしこに溢れている。

ヘルシンキ自然史博物館の模型やそれをもとにした図案では、サカバンパンピスの体の終端は団扇状の尾鰭で終わっている。不完全な化石資料から再現した初期の想像図なのかもしれないが、実際にはその先に細長い尾が伸びていたようだ(参考←このサイトのイラストも絶妙な愛嬌が憎い)。胸鰭を持たない寸胴な体つきから察して、泳ぎは上手くなかったであろうと推測されている。サカバンパンピス本人にしてみれば、余計なお世話かもしれない。

無顎類という名の通り顎をもたず、サカバンパンピスの口はいつも開けっ放しであったらしい。その不器用さが、じわじわくるルックスの秘密と思われる。無顎類は現代ではその大半が絶滅してしまい、円口類に属する二類(ヌタウナギとヤツメウナギ)だけが現存している。ウナギという名が付いているが似ているのは細長い見た目だけで、いわゆる鰻とはまったく別の生物だ。円口類は脊椎動物の中でもっとも原始的な部類で、遺伝的には鰻とヤツメウナギより鰻とヒトのほうがまだ近縁だとどこかで聞いた記憶がある。

初期の人類が地球上に現れたのは、せいぜい数百万年前くらいだ。私たちは、46憶年の地球史でごく最近になって表れた新参者に過ぎない。サカバンパンピスは、想像を超える太古の昔、地球史にいっとき名を刻んだ遥か大先輩である。とぼけた顔をしているからと言って、侮ってはいけない。

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ヨコヅナイワシ [動物]

silhouette_fish_top_curve.pngJAMSTEC(海洋研究開発機構)が日本南方の深海でヨコヅナイワシの撮影に成功したというニュースを見た(JAMSTECプレスリリース)。そもそもヨコヅナイワシって何者なのか?鰯という漢字が横綱のイメージとあまり結びつかない。

JAMSTECの研究チームがつい最近発見したばかりの新種だそうだ。セキトリイワシ科の最大種で、当該海域の2000m以深で食物連鎖の頂点に君臨する肉食魚ということである。関取のなかで最強なので横綱、という直球ネーミングが潔い。名前にイワシとついているが、私たちが知っているニシン科の鰯(マイワシとか)やカタクチイワシとは関係ないようだ。セキトリイワシの仲間は煮ても焼いても不味い、とどこかで読んだ。

プレスリリースと一緒に7分ほどの解説動画が公開されている(ここ)。前半は環境DNA解析の話で、中盤以降で水深2091mの海底に設置された餌付きカメラの動画抜粋が見られる。深海の暗闇から黒い巨体がヌッと現れ、クワっと大きな口を開けて他の魚を追い払う様子は、度肝を抜く迫力だ。そもそも画面に映るのが全て深海生物なので、「他の魚」だって只者ではないのである。撮影されたヨコヅナイワシは全長2メートル半を超えるというから、人間よりはるかにデカい。映画館の大スクリーンでこの動画を上映したら、半端なホラー映画よりもよほど恐ろしいこと間違いない。

それにしても、日本近海に棲むこれほど巨体の魚がごく近年まで発見されていなかったというのがすごい。深海はまだまだ謎に満ちている。

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カメを助けるカメ [動物]

speed_slow_turtle.pngひっくり返ってジタバタするゾウガメを見かねて、別種のカメが2匹応援にやって来る。そんな奇跡のようなTwitter動画を見た(ここ)。応援といってもカメがやることなので、不器用にグイグイと押すばかりで効率は悪いが、その一途さがかえっていじらしい。

それにしても驚くべき行動である。野生動物の利他的行動そのものは知られているとは言え、ふつうは同種間に限られるはずだ(そうでないとどう捻っても進化論的な説明がつかない)。自分より一回り図体の大きい「よそ様」のために敢えて奮闘したカメの真意は何か。何らかの本能の誤動作なのか、それともたまたま通り道にゾウガメが転倒していて邪魔だったのか?しかし駆けつけたカメの行動はゾウガメが定姿勢をリカバーするまで一貫していて、偶然とは考え難い。やはり救助の意志をもって駆け付けたのだと思いたい。

ウクライナ東部でロシア軍の侵攻が激化しており、ますます泥沼化の様相を呈している。カメはカメを助け、人は人を殺す。長い進化の歴史の中で、人類はどこで何を間違えたのだろう。

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馬はなぜ走る [動物]

20世紀初頭のドイツに、ハンスという賢馬がいた。どう賢いかと言うと、算数ができるのである。飼い主が出題する簡単な計算問題に、蹄で地面を打ちその回数で正答を繰り出す。トリックらしいトリックが一切見当たらず評判が評判を呼んだが、ついにフングストという心理学者が謎を解いた。蹄が正答数を叩いた瞬間に人間のわずかな所作が醸し出す微妙な雰囲気の変化を、ハンスは敏感に察知していたのだ。飼い主や観衆には出題内容がわからないように実験すると、ハンスはとたんに正答できなくなったのである。群れで暮らす本能が染みついた馬にとって、空気を読む能力はまさに「動物的な勘」の一部というわけだ。

sports_keiba.png競馬の馬はなぜ走るのか、という永遠のテーマがある。鞭で追い立てられているから無理やり走っているのか、それとも本気で仲間を出し抜こうと競っているのか。実際のところは、そのどちらでもないようである。馬が本気で走るのは、本来なら肉食獣の追跡から逃れる時だ。群れの最後尾にいると追いつかれて襲われるリスクが高いから、後れを取らないよう必死で走る。競馬の場合、現実には存在しない捕食者に追われる状況がむりやり演出される。JRA広報誌のコラムによれば、馬はレースに出るのを単に仕事と捉えているのではないか、ということである。「今日もシフトが入ってるのか、しょうがねえ走るぞ」みたいな気分なのか。

つい先日の天皇賞、スタート直後に騎手が落馬しカラ馬となったシルヴァーソニックが、そのまま快走し2位でゴールした。もちろん記録に順位は残らないが、3キロを超えるG1レース最長の長丁場を自らの意志で走り抜いたわけだ。上司の目がないと何となく仕事の手を抜きたくなるのが人間の本音だとすれば、騎手抜きでも本気で完走し2位に食い込むとは見上げた心意気である。ゴール後は勢い余ったか、柵に足を取られて転倒した。真面目過ぎて不器用な実直さが愛おしい。

もちろん、シルヴァーソニックの本心は誰にもわからない。騎手も馬も大事に至らず良かったが、ハンスの時代から変わらぬ馬という動物の繊細さと奥深さを改めて感じるハプニングであった。

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動物検疫の特例措置 [動物]

ウクライナからの避難者が、同伴した飼い犬の180日に及ぶ隔離とその間の費用負担を余儀なくされると報道され、非難が沸き起こった。それを受け厚労省が特例措置として条件付きで隔離を緩和する方針を発表したところ、今度は狂犬病を軽視するなと逆の立場から反論が巻き起こっている。この問題について少し考えてみたい。

pet_inu_chuusya.png国外から犬を持ち込むには、現行法では出発地で狂犬病予防接種を打ち十分な抗体価が確認できてから180日を置いてようやく入国できる。通常はその期間を見込んで半年以上前から準備をすることになる。仮に出発地で100日しか待機期間を確保できなかった場合、残り80日を日本の検疫施設で隔離しないといけない。ウクライナ避難民のケースではもちろん本国で事前準備できる状態ではなかったので、法律上180日まるごと検疫所に留め置かれることになるのだ。厚労省が発表した特例措置は、マイクロチップ装着に加え2回接種を行い抗体価が基準値を満たせば、健康観察と定例報告を条件に待機制限を緩和する(飼い主が引き取ってよい)というものである。震災などの折に海外から導入される災害救助犬と同じ扱いだそうだ。

さて、そもそもなぜ抗体ができた「後」に待機期間が必要とされるのか?それはワクチン接種より前に狂犬病に感染した可能性を排除できないからである。ウイルスの潜伏期間を見込んで180日のあいだ様子を見るのだ。発症しない限り感染の有無を確認する術はないが、日本のように飼い犬がルーチン的な予防接種を受ける体制があれば、狂犬病にやられている可能性は低い。実際、ウクライナでも犬の狂犬病予防接種が義務付けられているようである(参考資料PDF)。もちろん今のウクライナ政府に接種証明書を発行する余裕はない。でも日本に来た飼い主への聞き取りはできるし、日本到着時に抗体検査をすれば近過去の接種歴を間接的に確認できるはずだ。

本当に180日も必要なのかという疑問もある。狂犬病ウイルスの潜伏期間は、犬では3-8週間だそうである(大阪府獣医師会)。例外的に長い事例を想定して半年に設定したのかと思うが、最近まで運用されていた新型コロナの14日自己隔離と同じで、サバを読みすぎるとそれはそれで運用上の支障がいろいろ生じる。欧州各国もウクライナ避難民が同伴するペットの検疫についてはいろいろ決まりがあるが(まとめサイト)、日本のルールは破格に厳しい。

狂犬病ウイルスは、罹った動物に咬まれると人間にも感染する。速やかに適切な処置をすれば助かるが、発症してしまうとほぼ確実に死に到る。今でも世界で年間5万人強の死者が出るそうだ。現在の日本は数少ない狂犬病清浄国の一つで、厳格な検疫制度はもちろん、徹底した野犬管理の成果がその背景にある(日本の街で野良犬を見なくなって久しい)。コロナのように飛沫感染はしないので、原則ヒトからヒトへは拡がらない。大量殺処分に至った海外の狂犬病発生事例を引き合いに出す人もいるが、日常の中で動物に咬まれる恐れが相当低い日本社会に見合ったリスク査定をするべきである。

現実的で有効な狂犬病対策を踏まえた上で、命からがら逃げてきたウクライナの人々が家族同然に大切にしている動物たちをどう扱うべきか、政府の温もりある対応が試されている。特例措置については賛成も反対もネット上の情緒的な反応が先行しがちだが、理性的・建設的な検討が進むことを願う。

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ツンデレな猫 [動物]

以前もちょっと話題に上げたが、あなたは犬派?猫派?などと聞かれることがある。犬はもともと群れを作る習性があるから社交的で秩序を重んじ、きちんと躾ければ飼い主の言うことをよく聞く。ネコ科はライオンのような例外を除くと基本的に群れない動物で、飼い主がいくら呼んでも気が向かない限り振り向きもしない。尻尾を振って駆け寄ってくる犬が可愛くて仕方のない人もいれば、猫のツンデレぶりに心がとろけてしまう人もいる。

cat_koubakozuwari_brown.png最近、PLoS ONEにちょっと面白い論文が載った。飼い主の呼びかけを徹底的にスルーする猫の本心は、実際のところどうなのか?猫に聞いてみるわけにもいかないので、ちょっとした実験をした。飼い主の呼びかけを録音し、部屋にいる猫に聞かせる。「慣らしフェーズ」で5回立て続けに聞かせた直後、「テストフェーズ」として飼い主の声を別のスピーカーから流す。飼い主が瞬間移動したかのような現実にありえないシチュエーションを演出し、猫の反応を観察するのである。それと別に、飼い主の声を別の猫の鳴き声や電子音で代用した同様の実験を行い、猫の出方を比べる。家猫と猫カフェから40-50匹の「被験者」を募り、各々が住み慣れた居住スペースで実験を実施した。

その結果が興味深い。飼い主が「テレポーテーション」すると、猫は驚く様子を見せた。一方、猫の鳴き声や電子音が瞬間移動しても、反応は薄かった。つまり、周囲の猫同士を意識する以上に、猫は飼い主の気配をちゃんと気に留めているということだ。呼びかけを完全に無視しているように見えても、ちゃんと聞いているのである。

積極的にコミュニケーションを取りたがる犬と違って、猫はマイペースで気ままな動物だ。腹が減ったり寒さに耐えかねると自動給餌装置(飼い主)や暖房装置(飼い主)に寄ってくるが、そうでなければまるで言うことを聞かない。そのくらいの距離感が心地よい人が「猫派」であって、声を掛けてもツンとする気高さに惚れて半ば自虐的な幸福感に満たされる。と思っていたのだが、もし確信犯でツンデレを演じているのだとすれば、猫が飼い主の愛を繋ぎ止めるのも実は計算のうちということか。猫派が聞いたら、愛しさがますます募って悶絶しそうな話である。

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金星から来たペンギンの話 [動物]

space_uchu_penguin.png前回のコラムで軽く予告したとおり、今回はペンギンの話をしたい。ペンギンは金星から来た異星人ではないか、という衝撃のニュースをお聞き及びだろうか?

話の出どころは、ジェンツーペンギンの糞にある。正確にはグアノという糞の堆積物だが、その中からホスフィン(phosphine)なる化学物質が見つかっている。ホスフィンとはリン化水素のことで、燐に水素が3つ結びついたシンプルな分子(PH3)だ。常温で酸素と反応する引火性ガスで、猛毒である(害虫駆除の薬剤に使われることもあるという)。大気中では安定に存在できないので、自然状態ではほとんど存在しない。しかし、嫌気性のバクテリアの仲間にホスフィンを生成するものがいるとされる。自然界でホスフィンが見つかるのはヘドロのような泥の中だったり、どういうわけかペンギンの排泄物の中だったりする。

昨年9月、金星大気の電波分光観測から相当量のホスフィンが検出された、という論文がちょっと話題を呼んだ。金星大気でホスフィンを生成し維持する化学的メカニズムは存在しない。そこで、嫌気性バクテリアのような生物学的プロセスが関与しているのではという説を持ち出したのである。もしかしてもしかすると金星に生命が存在するのではないか、ということだ。もちろん、突飛な一仮説に過ぎない。ホスフィンの検出自体、金星大気にありふれた二酸化硫黄と見間違えた誤報だよ、と一刀両断する向きもある。

ペンギン金星人説を伝える記事で引用されるのは、インペリアル・カレッジ・ロンドンのクレメンツ博士のコメントである。クレメンツ博士は天文学者で、Nature Astronomy誌に出版された金星ホスフィン論文の共著者の一人だ。金星大気のホスフィン生成メカニズムを解明する上で、地球の生態系が手がかりになるかも知れない、と考えた。その一つとしてペンギンのウ◯チの話題をメディアに語ったところ、いつの間にかペンギンが金星から降りて来たという話になったのである。

フェイクニュースがどのようにして醸成されるかを示す典型例と言えよう。「金星にしかないはずの物質がペンギンから発見された」というニュアンスの記事が多いところを見ると、クレメンツ博士の発言がだいぶ曲解されて伝わっているようである。誰も真に受けない限り罪のないジョークで済む話だが、ちょっとクレイジーなサイエンティストのようにコメントを引用されたクレメンツ博士ご本人は、意外な反響に困惑しているかもしれない。

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象たちは何処へ [動物]

animal_stand_zou.png中国で象の一群が長旅に出て、話題を呼んでいる。中国に野生の象がいるのか、とまずそこに驚いたが、ミャンマーやラオスとの国境に近いシーサンパンナ自治州の自然保護区に、インドゾウの生息域があるそうだ。そこから何を思ったか10数頭の群れが北上を始め、1年以上かけて500kmを超える道のりを踏破した。今は昆明に接近中ということだが、彼らが一路どこを目指しているのか、誰にもわからない。象が棲家を離れかくも長距離を移動するのは前例がないそうで、ゾウの生態に詳しい専門家も軒並み首を傾げている。

象の群れが黙々とどこかに向かっていると初めて聞いたときは、何百頭もの巨体が森をバキバキなぎ倒しながら行進する光景を思い浮かべた。実際にはそんな大群ではないが、なんとなく大海嘯で猛進する王蟲の大群をイメージしたのである。腐海に入るたび防毒マスクが必須の『ナウシカ』の世界は、どこに行くのもマスクが手放せないコロナ禍とどこか通じるものがある。象の一群が旅を始めたのは昨年春ということで、世界で新型コロナの第一波が渦巻いていたまさにその頃である。象はひときわ知的で繊細な動物だというし、彼らなりの第六感で世界の異変を察知したか、と妄想してみたくなる。

『ナウシカ』の大海嘯で蟲たちが南下する先には、シュワの墓所と呼ばれる謎めいた施設がある。その正体は、かつて生命の改変製造すら意のままに操った高度な科学技術の粋が密かに伝わる、ヤバめの極秘機関だ。中国のゾウたちを駆り立てるのが大海嘯の予感だとすれば、彼らが向かう方角にはいったい何があるのか?試しに地図上でシーサンパンナから昆明の少し南辺りまで線を引いて、そのままずっと延長してみる。嘘だと思うならご自分で試してみると良いが、象の群れが目指す遥か先には、あの武漢市がある。

新型コロナが武漢ウイルス研究所から流出したとする説が再燃している。どちらの立場から見ても政治的な匂いが濃厚な話なので、雑音が多すぎて真相はわからない。しかし、仮にそこが私たちの世界に実在する「シュワの墓所」だったとしたら?未曾有のパンデミックといい、謎めいたゾウの大移動といい、今いったい世界で何が起きつつあるのか?人類は「墓所」で神聖不可侵の領域に手を出し、ついに神の逆鱗に触れたのか?

と盛り上げてみたが、象の群れは進路を南に反転したとの情報もある。つまるところ、家族総出でピクニックに出かけたら派手に道に迷い、あてどなく彷徨ううち1年経ってしまっただけかもしれない。今引き返しても家に帰るには更に一年かかるわけだが、彼らが無事に大旅行から帰還する頃には、腐海の臭気にやられたこの世界もすっかり元に戻っていて欲しい。

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動物の眼 [動物]

ミナミジサイチョウ(南地犀鳥と書く)というアフリカ原産の鳥がペットショップから逃げ出し、連れ戻された。ペットショップということはペット需要があるということだが、こんな大きな鳥を狭い日本家屋でどうやって飼えばよいのか?それはともかく、逃走後一年半ぶりの帰還だそうである。鳥は顔の左右に目がついていて視野角が広く、どこから近づいても見られてしまうので捕まえるのが大変だと聞いた。実際、捕獲成功まで何度も失敗を繰り返したようである。

鳥は眼が左右についていると書いたが、猛禽類だけは眼光鋭く視線が正面を向いている。ワシやタカがペットショップにいるのか知らないが(鷹匠専門ショップとかあれば別だが)、フクロウを好きな人は多いのではないか。フクロウカフェなるビジネスが成立するくらいである。フクロウ人気の理由は、人間並にペタっと平たい顔に親近感を覚えるせいもあるかと思うが、眼が前を向いていることも大事な要素だ。

animal_dog_front.pngあなたは犬派?猫派?などと聞かれることがあるように、犬と猫は飼いたい動物のランキング最上位で人気を二分する。人にとってはどちらも愛くるしいペットだが、犬も猫も自然界では食物連鎖の頂点に君臨する肉食獣の仲間だ。なぜ人は捕食動物にかくもメロメロになるのか?これもやはり、目が顔の前に付いているからである。

目が同じ方向に向いていると、両眼視野(両目で同時に見える範囲)が広い。すると、立体視の要領で距離を測ることができる。捕食動物は、獲物の位置を正確に捉え追跡しないといけないから、これは大切な能力だ。ヒトを含む霊長類も、目が顔の前面に並んでいる。犬や猫がこちらを振り返りじっと見つめてくると、ピタリと視線が噛み合う。だから、心が通じ合うような気がする。

ウサギの両目は、多くの鳥と同じように顔の側面についている。そのおかげでウサギの単眼視野は両目合わせて360度近くをカバーすると言われ、どこから敵が近づいて来ても見逃さない。その代わり、両眼を同時に使える視野はとても狭い。草食動物にとって、正面のターゲットに照準を合わせるよりも、どこから現れるかわからない外敵を察知するほうが優先度が高い。ウサギにとって目の前に佇む人間は、魚眼レンズのように広い視野に紛れる風景の一部に過ぎない。そのせいで、正面から見るとウサギの視線を捉えることが難しい。目が合わないので、彼らが何を考えているのか、今ひとつつかみづらい。

ハムスターは犬猫とウサギの中間で、視野角は270度くらいだそうである。ウサギよりは両目がちょっと前よりに付いているが、犬や猫ほど視線がロックオンしない。こちらを見ているような見ていないような、ちょっとすっとぼけた佇まいに、独特の愛嬌がある。それはそれでもちろん可愛らしいのだが、犬や猫にじっと見つめられた時のトキメキにはどうしても敵わない。「この子は私を見つめ私のことを想っている」と(飼い主の勝手な思い込みであれ)確信できるからこそ、そこに強い絆が育まれるわけだから。

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