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名も知らぬパリの老婦人に贈る感謝の言葉 [その他]

東京下町のとある居酒屋が「Japanese language only」と店頭に貼り紙を出しているというニュースを目にした。「外国人お断り」ではなく、「日本語に限る」と書いたところがミソだ。国籍や人種で客を選別するといろいろ角が立つが、語学力はひとえに本人の努力次第だから誰も差別はしていない。今ではそこそこ(またはかなり流暢に)日本語を話す外国人は少なくない。もっぱらインバウンド需要で経営が成り立っている観光地の店ならともかく、地元客メインの居酒屋が軒並み英語メニューを整備しておく余裕はないだろうし、その合理性があるとも思えない。

英語メニューでふと思い出したのが、私自身が昔パリ5区のカフェで体験した出来事だ。15年前の話だが、旧サイト「尾張の☆は歌うか」に綴った何と言うことのないエピソードを再掲する。



ピエール・マリー・キュリー大学(注:現在はソルボンヌ大学の一部)は、セーヌ川左岸のカルチエ・ラタンと呼ばれる一帯、閑静な佇まいながら学生や地元の人々の活気に溢れる魅力的な地域の一角にある。大学の周囲には小さなカフェが至るところ軒を連ね、昼食に繰り出すとどの店を選べば良いものか選択に困るくらいである。

キュリー大学で開かれたある会議に参加した最終日、日本人の同僚とふらりと入ったカフェは地元民と思しき人々で賑わっていたが、メニューを華麗に彩る単語は隅から隅までフランス語で、時折FromageやJambonといった理解可能な孤島がぽつりぽつりと浮かぶ謎の海を漂う地図無き航海に等しい。困ったときの救世主「Croque monsieur」や「Salade Niçoise」が全く見当たらない、外国人観光客に一切媚びない見事な品揃えに思わず唸っていると、同僚の一人がフランスでは決して口にしてはいけない禁句をウェイターにぶつけるのが耳に入った。
Do you have an English menu?
すかさず店のオヤジが(流暢な英語で)切り返す。
Non, NO ENGLISH MENU. You're in FRANCE. You must learn FRENCH. OK?
誇り高きパリジャンの店主は最後の「OK?」を私たち一人ひとりの顔を覗き込みながら人数分きっちり念押しすると、ずかずかと厨房へ去っていった。

food_canard_steak.png窮地に立たされた私は必死にメニューの暗号解読に取り掛かったが、気が付くと別の同僚が隣のテーブルの女性に声をかけ、単語を指差しながらその意味を聞き出している。隣のテーブルはその女性と彼女の母の二人席で、ランチもほぼ終盤に差し掛かるところだったが、私の目はふと初老の母が突いている鴨肉らしき一品に釘付けになった。同僚の質問が一息付いた頃合を見て、彼女のランチとメニューを交互に指しながら私はその料理の正体を尋ねた。英語が必ずしも得意でないその上品な老女は、私の質問を理解するや美しい碧眼をきらりと輝かせ、それがフランスのとある地方で育った鴨を焼いた特別な料理であり、他の追随を許さぬ逸品であることを片言の英語でとくとくと語り始めた。これではもはや迷う余地はない。

やってきたウェイター(幸いにして先ほどのオヤジとは別人)に件の鴨料理を注文すると、焼加減はどうするかねと尋ねてくる。上等な肉はレアで頂くのが良いに決まっているが、なにぶん出張中の身上、万が一腹を壊しては面倒くさい。大事を取ってミディアムを頼んだところ、先ほどの老婦人が傍らで激しく首を横に振っている。鴨をミディアムで食すなど愚の骨頂、とまでは言わなかったが、とくかくレアに限る、早く注文を訂正しなさい、と言い放ったかと思うと、私が答えるのも待たず自分でウェイターを呼びとめ、早口のフランス語でさっさとレアに変更してしまった。

口をぽかんと開ける私に目もくれず、彼女は何事もなかったようにデザートのクレーム・ブリュレーを美味しそうに味わっている。ほどなくして、美しくレアに仕上がった鴨肉のローストが私の目の前に現れた。口に運んだ初めの一切れが舌の上で起こしたささやか奇跡、その上品で豊穣な味わいを正しく伝える表現力を、私は残念ながら持ち合わせていない。

このどうということはない小さなエピソードを書くことにしたのは他でもない、ネタに尽きて困った挙句の苦肉の策だが、しかしパリで偶然隣り合わせた老婦人への感謝の念の深さは紛れもない本物である。あのときの母娘がこの稿を読む可能性はどう考えても絶無だが、二人が席を立つとき私が呟いたたどたどしいMerci beaucoupは、果たして私の想いを届けてくれただろうか?ガイドブックには決して載らない小さなカフェでめぐり合った一皿16ユーロの鴨料理は、パリの街角に潜む小さな魔法のごとく、一瞬にして皿の上から姿を消したことは言うまでもない。

※初出『尾張の☆は歌うか』2009年9月24日付



フランス人の研究仲間にこのノーイングリッシュ親爺の話をすると、偏狭な中華思想の権化たるフランス人のステレオタイプに辟易としているのか、そういう輩は困ったものだ顔をしかめる。ただ私としては、このオヤジに悪い印象は持っていない。おかげで隣のテーブルと思いがけない交流が生まれたし、なによりも料理が絶品だった。今思い返すとあれはたぶんMagret de canard(鴨の胸肉)だった。フランスの料理で一番好きな一品を問われれば、私は迷うことなく鴨マグレのポワレを挙げる。

四十の手習いでフランス語を習い始め、10年以上が経つ。錆びついた脳細胞はものを覚えた端から忘れていく有様ではあるが、学び続ける理由の一つはあの時の体験だ。現地の言葉が少しでもできれば、街のそこかしこに眠る小さな宝物に出会うチャンスが増える。日本にやって来る海外の旅行客にとっても、それはきっと同じことだ。

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