SSブログ

ゼロコロナの末路 [政治・経済]

厳格なゼロコロナ政策を頑なに堅持していた中国が、ついに緩和へ舵を切った。その途端、堰を切ったように感染爆発が起こっているようである。

kotowaza_kusaimononi_futa_man.pngワクチンの感染防止力が弱いオミクロン時代にあって、人口の一定数が自然感染を経験しなければ集団免疫獲得は難しいのではないか。と何度かここでも書いたが、本当にそのセオリー通りになっている。ゼロコロナはつまるところ臭いものに蓋をしているだけであって、そろそろ大丈夫かと蓋を開けてみたがやっぱり大変なことになった、ということだ。臭いものはいつまでたっても臭いままだったのである。

感染拡大が早かった欧米諸国はパンデミックから一抜けするのも早かったが、相当な犠牲を伴った。欧米に比べると日本は最初の二年を比較的穏やかな波で乗り切ったが、今年夏の第七波で遅ればせながら世界最悪水準を記録した。とはいえ当初よりウイルスが弱毒化した後だったので、累計死者数では日本は多くの諸外国より低水準で済んでいる。結果論としては、日本はそこそこ器用にコロナ禍のダメージを抑えて乗り切ったと言えなくもない。

日本のコロナ対策が優れていたのか?あまりそういう実感はない。欧州ほど徹底したロックダウンは一度も実施せず、お願いベースの緊急事態宣言が対処療法的に繰り返された。臭いものにいちおう蓋はかぶせてあるが、そこにカギはかかっていない。政府は「なるべく開けないでくださいね」と言うだけで、遠巻きにする人もいれば、こっそり中を覗いてみる人もいた。今思えば、このユルさがちょうどよかったのかもしれない。

ウィズコロナでもゼロコロナでもないどっちつかずの曖昧さが、早すぎも遅すぎもしない絶妙なペースで社会に感染を広めることに成功したのではないか。いつか新型コロナが歴史の一部として記録されるとき、日本の対策は確固たるポリシーを欠いたまま(むしろ欠くがゆえに)最悪の感染爆発を回避した稀有な成功例として、驚嘆の眼差しを浴びるかもしれない。

共通テーマ:日記・雑感

サンタの憂鬱(後編) [フィクション]

中編からつづく)(初めから読む

christmas_santa_night.png北極圏に向かう夜空をソリで駆け抜けながら、サンタがルドルフに話しかけた。
「おませでドライな子じゃったな。現代っ子って、あんなものか?わしらをコスプレ宅配業者扱いしおったぞ。」
ルドルフはしばらく黙ってソリを引いていたが、やがてボソッと呟いた。
「あの子、先輩が本物のサンタだって、ちゃんとわかってたと思いますよ。」
サンタは驚いた。
「え、どういうことじゃ?サンタなんて端から信じていない様子だったじゃないか。」
「あの子がスマホを手に取って持ち上げた時、画面が見えちゃったんですよ。一瞬でしたけど、間違いないです。」
「もったいぶらんでいい。何を見たんじゃ?」
「サンタ先輩のYouTubeチャンネルですよ。ソリで世界を巡りながら先輩が撮りためた風景動画を編集したやつ。きっと、それを見ながらぼくたち二人が来るのをずっと待っていたんです。」

サンタは言葉を失った。ルドルフが続けた。
「あの子、何も欲しいものはないって言いましたよね。たぶん、大抵のものは買い与えられて、何でも持ってるんです。でも、あの子が本当に欲しいのは、どこかで買って来られるようなものじゃないんです。ただ誰かに気持ちを満たしてもらいたいんですよ。心の底から信じられる何かが欲しいんです。」
くだらないケンカはいい加減やめてくれってこと、と少女が言い捨てたときの表情を、サンタは思い出した。口調は厳しかったが、そう言いながら瞳が悲しそうに曇るのを少女は隠し切れなかった。
「先輩のYouTube見ながら、本当に来てくれるのか不安だったはずです。でも、サンタは約束通り現れた。態度には出しませんでしたけど、本心ではあの子、ものすごく嬉しかったと思いますよ。」

二人はしばらく黙ってソリを進めた。満点の星空の下、鈴の音が静かにリズミカルな響きを奏で続ける。やがてサンタが口を開いた。
「丘の上の公園で一人座っていた時、クリスマスの配送はもう廃業しようかと半ば本気で考えておった。でもあと1、2年くらいは続けてみようかのう。歳は取ったが、当面はまだ体も動きそうじゃし。」
ルドルフが軽くため息をついた。
「お忘れかもしれませんけど、あっしもそこそこの歳ですよ。ソリを引くのは肉体労働だし、きついのはきついっす。でも、サンタ先輩がそう言うなら、とことん付き合いますよ。」

前方の地平線上に、緑白色に輝くオーロラがうっすらと浮かび上がって来た。じきに北極圏に入る。黙々とソリを引くルドルフの背中を見ながら、帰宅したらこいつをどんなふうにねぎらってやろうかとサンタは考えていた。

(おわり)


※ 2人の前日譚はこちら。
1. 北極圏某所にて
2. 北極圏某所にて 2021

共通テーマ:日記・雑感

サンタの憂鬱(中編) [フィクション]

前編からつづく

ルドルフがスマホのGoogleマップを見つめて言った。
「今年最後の配達先、ここです。ずいぶん大きな家っすね。」
サンタは魅せられたように豪邸を見上げた。
「まちがいなくセコムが入っておるな。まさか、おまえまたわしにドッキリを仕掛けるつもりじゃ・・・」
「いえいえいえ。今回は前もってセキュリティ切ってもらうようにちゃんと頼んでありますよ。」
「子供部屋の窓はどこじゃ?これだけ大きな家だと見当もつかんな。」
そのとき3階の窓がガラリと開いて、少女が顔を出した。
「あら、サンタさん。あなた本物?」
サンタは少女を見上げた。
「もちろんじゃ。偽物に見えるかい?」
「知らない人を家に入れるなってパパとママが言うから、念のため確かめたの。どうぞ入って、サンタさんとトナカイさん。」

少女の部屋に入ると、ルドルフがサンタにこっそり囁いた。
「ほら、ちゃんとサンタを信じている子もまだいるじゃないですか。」
少女はそれを聞き逃さなかった。
「まさか、そんな子供じゃないわよ。あなた方、宅配便の人でしょ。こんなにちゃんとコスプレしてくると思ってなかったから、ちょっとびっくりしたけど。」
サンタは面食らった。
「コスプレって・・・。正真正銘のサンタスーツなんじゃがの。」
少女がクスクス笑った。
「良かった、プロ意識高めの人たちで。ちょっと重たくてかさばる物をたのんじゃったから、本当に届けてくれるか気になってたの。」
サンタは白い大袋から大きな箱を両手で引っ張り出した。
「メリークリスマス!ふぅ、確かに重たいな。いったい何をお願いしたんだい?」
「エスプレッソマシン。流行りの上位機種なの。」
coffee12_espresso.png
少女がそう言うと、ルドルフが思わず口を挟んだ。
「お嬢ちゃん、エスプレッソ好きなの?好みが渋いな。」
少女はケラケラと笑った。
「お嬢ちゃんなんて呼ばれたの、初めて。私が飲むわけじゃないの。これを頼んだのはね、ママが淹れたコーヒーをパパがいつもマズいとかケチつけて、朝から二人で言い合いばかりしてるから。全自動のエスプレッソマシンならカートリッジ入れてスイッチ押すだけだから、旨いも不味いもないでしょ。」
それを聞いてサンタが感心した。
「なんて優しい子なんだ。自分の欲しいプレゼントより、ご両親のことを気に掛けているなんて。」
すると少女が口をとがらせた。
「別に、パパとママのためじゃないよ。ふたりが険悪になるとわたしもとばっちりを食らうから、くだらないケンカはいい加減やめてくれってこと。そもそもわたし、別に欲しいものなんてないし。」

少女を見つめ絶句するサンタに代わって、ルドルフが訊いた。
「欲しいもの、本当にないの?スマホとかさ、今の子だったら絶対持ちたいでしょ。」
「スマホなら、とっくに持ってる。ほら。」
少女は机の上に載っていたスマホをひょいと取り上げ、黄門様の印籠のように掲げた。が、何を思い出したか急に顔を赤らめ、慌ててスマホを伏せて机上に戻した。
「とにかく今日はありがとう。重たいもの頼んじゃってごめんなさい。」
なぜか急にしおらしくなった少女に、サンタは言った。
「いやなに。じゃ、素敵なクリスマスを!さ、ルドルフ行くぞ。」

窓から外に出ると、サンタは空っぽになった大袋を小脇に抱えてソリに乗り込んだ。夜空を駆けて行くサンタとルドルフの姿はみるみる小さくなり、やがて微かな点になって消えた。二人が見えなくなってずいぶん経ってから、子供部屋の窓が静かに閉まった。

後編へつづく

共通テーマ:日記・雑感

サンタの憂鬱(前編) [フィクション]

「先輩、こんなところにいたんですか。ホント探しましたよ。」

丘のてっぺんまで夜道を登りきったルドルフが、息を整えながらサンタに話しかけた。ポツンと佇む街灯の明かりの下で、ベンチに座るサンタの背中がかすかに揺れた。
「サンタ先輩?」
ルドルフがベンチに駆け寄った。丘から望む街の夜景が、真冬の澄んだ大気ごしに冷たく煌めいている。
サンタがうつむいたままポツリと答えた。
「ルドルフ、探させてすまなかった。少しのあいだ、どうしても一人になりたくてな。」
「どうしたんすか、急に?道の駅でトイレから出たら先輩の姿が見えなくて、いつまで待っても戻って来ないから、心配しましたよ。」
ルドルフはそう言いながら、サンタの隣に腰を下ろした。

santa_claus_back.pngサンタはそっとため息をついた。
「パンデミックの出口が見えてきて、ようやくクリスマス配送が再開できるようになったのはいいが、コロナ前と比べて受注が激減したじゃないか。3年ぶりに張り切っておったのに、なんだか淋しいというか、無性に空しい気分になってな。」
ルドルフは驚いた顔でサンタを見つめた。
「それは先輩が望んだことじゃなかったんですか?コロナで籠っていた2回のクリスマスはすっかりアマゾンに頼って、おかげでサンタ先輩も時間にゆとりができたじゃないですか。今や、いっぱしのユーチューバーだし。」
「お前の言うとおり、確かにわしが自分で仕込んだことじゃ。」
サンタは顔を上げルドルフを見つめた。
「でもな、わし程度のユーチューバーなんて世間に掃いて捨てるほどおる。しかしサンタ配送業のライセンスを持っている者は、世界に十数人しかいない。わしはやはりサンタでいることだけが取り柄なんじゃよ。」
世間的にはサンタは一人ってことになってますけどね、とルドルフは言いかけて、止めた。

「なあ、ルドルフ。コロナ禍に見舞われた3年弱の間に、どれだけ多くの店が街から消えたじゃろうか?生計に困って自ら命を絶った個人経営者もいる。」
ルドルフは黙って頷いた。
「でもな、絶望の理由は、単なる経済的な困窮だけじゃなかったはずだ。」
街灯の明かりが一瞬心許なく揺らいだ。サンタは頭上を見上げた。
「足繫く訪れていた客がパタリと途絶え、ガランとした店内で来ない客を待つ店主の気持ちが、今わしにはわかる気がするんじゃ。自分は社会から必要とされていない、真っ先に切り捨てられあっさり忘れ去られる、そんな風に感じていたんじゃないだろうか?何年もかけてコツコツと築いてきた仕事が、他人にとっては何の価値もないと宣告されたみたいに。」
ルドルフは再び黙って頷いた。
「自分で言うのもなんだが、サンタは世界中の子供たちがクリスマス前に待ち焦がれる大スターだとずっと思っておった。でも、独りよがりの思い込みに過ぎなかったのかもしれんな。幼い子供たちすら、クリスマスプレゼントがネット通販で届くのが当たり前になってしまったんだとしたら、サンタの出番はもうどこにもない。」

ルドルフがおずおずと口を開いた。
「そんなことはないですよ。今でも、えっと、子供たちはみんなサンタさん大好きだと思いますよ。」
「ルドルフ、お前はいい奴だが、相変わらずウソが下手じゃのう。」
「嘘じゃないですよ。今も世界の子供たちから、たくさん手紙が届くじゃないですか。」
「年に一度しか働かなくていいからサンタになりたいです、ってやつか?」
そう言ってサンタが笑った。ルドルフもぎこちなく笑顔になった。
「さて、お前に愚痴ったおかげで、少し気が晴れた。最後の配送品がまだ一つが残っておるから、さっさと片付けてしまおう。ほら行くぞ。」
「ほら行くぞって、サンタ先輩がバックレてたんじゃないですか。でもいいですよ、ソリは丘の下のパーキングに移動してあります。言っときますけど、駐車料金は先輩持ちですからね。」

中編へつづく

共通テーマ:日記・雑感

人生勇退 [その他]

taisyoku_hanataba_old_man.png勤め先に定年があるように、人生もいつか終わりが来る。大きな違いは、会社から退職するときは送別会で華々しくお祝いされるのに、人生の最期は悲しみの中で看取られることだ。若くして予期せぬ死に直面した場合は無理もないが、寿命を全うし人生を勇退するなら、「お疲れさまでした、ありがとう」と明るく見送られてもいいんじゃないか。

もし人生の終着点を自分で設定することができたらどうだろう?例えば「75歳の誕生日で人生から引退する」と決めることが可能だったら?

健康でいながら人生の残り年数がはっきりするから、終活には理想的な条件だ。生きている間に時間や資産を計画的に消費することができる。ずっと行ってみたかった大旅行に行ったり、ずっと欲しかった大きな買い物をしてもいい。死ぬまでにもう一度会いたい昔の友人に思い切って連絡を取って、旧交を温めるのもいい。そして時期が近付いたら縁のあった人々を招き「送別会」を開いて、盛大に見送ってもらう。いよいよ最期の日は、家族や親友に見守られて寝床に付き、眠ったまま安らかにお迎えが来る。世を去る直前に自ら財産整理を済ませてしまえば、死後に遺産を巡って諍いが起きることもない。

人は必ず死ぬとわかっていながら私たちが死を恐れるのは、死がいつどのような形で訪れるのか見当もつかない不確実性によるところが大きいではないか。職場の定年であればあと〇年と予め計算できるように、自分で定めた人生のゴールまで残り時間が正確に見通せたら、死の恐怖はむしろ和らぐかもしれない。もちろん、ゴールに至る前に不遇の死を迎えるリスクは避けられない(極端な話ゴールを120歳に定めたら何も決めないのと同じである)。その意味では、早めに人生勇退を定めておく方が賢明だ。つまるところ、長く人生を楽しみたいという希望と、人生の不確実性を最小化したいというリスクマネジメントを秤にかけ、その最善のバランスで「引退年齢」を決めることになる。

もちろん遺された人々にとっては、どんな形であれ身近な人の他界はつらい。でもどうせいつか必ず別れを経験するのだから、せいいっぱい悔いのないよう人生を店仕舞いする機会を事前に整えておくことができるなら、結果的にはそれが理想的な見送りではないか。というような絵空事を、時々考えている。

共通テーマ:日記・雑感

X世代の悲哀 [社会]

Z世代という言葉をときどき耳にする。Zがあるからには、もちろんX世代とY世代もいる。日本ではあまり聞かないが、もともと欧米圏を中心に使われてきた用語だ。X世代は戦後のベビーブーマーに続く1965年-80年頃生まれの層で、日本で言うところの団塊ジュニアとその前後の世代だ。Xより若いY世代はネットネイティブ、さらに若い2000年代生まれのZ世代はスマホネイティブとされる。IT技術の進化がコミュニケーションのスピード感や距離感を劇的に変えたことを考えれば、国境を越えて同じように世代を分類する意味はある。とはいえ、日本には日本固有の社会状況がある。

bubble_houkai.pngX世代が多感な十代ないし二十代を迎える頃、バブルが崩壊した。これを境に、今日より明日のほうがきっと良い世界が待っているという高度成長期以来の期待感が日本社会から完全に消失した。X世代のど真ん中にいる私は、当時大学生だった。学園祭の学部企画を担当していて、前年までは快諾してくれたスポンサー企業から軒並み断られ「引継ぎと話が違う」と焦ったことを覚えている。もし大学院に進学していなければ、就職氷河期の最先端で吹雪に立ち向かっていただろう。大学院を終えて博士号を取ったは良いが、結局ポスドク問題という別の氷河期に直面することになった。

自分より5から10歳位くらい上の年齢の同業者と話をしていると、彼らの前向きな明るさと静かな自信に感銘を受けることがある。バブルに湧いていたころの日本を社会人として経験し、また大学院重点化が浸透し研究職が極端な買い手市場へと傾く前に勝ち逃げした世代である。もちろん、生まれた年代だけで人を語るのはフェアではない。ただ、日々肌で感じる時代の勢いや空気のにおいは、長い時間をかけて私たちのメンタリティをじわじわと醸成する。成功体験に乏しい氷河期世代にとって、いつか自分が社会にとって価値ある存在になれると信じるためには、人一倍心の強さを奮い立たせないといけない。

翻って自分よりずっと年下の優秀な若者と接すると、バブル世代のようなギラギラした昭和臭とは無縁だが、氷河期世代が背負いがちな悲壮感もない。さとり世代という言葉があるが、物心ついたころには「失われた10年/20年」の只中にいたから、初めから身の丈に合った人生目標に堅実に着地する処世術を身に着けているのかもしれない。あるいは、ライバルがひしめいていた団塊ジュニアの氷河期先頭集団と違って、勝ち残りのプレッシャーから自由なせいかもしれない。若い世代なりの苦悩はいろいろあるに違いないが、傍から見ていると彼らの気負いのないしなやかさに爽やかな感動を覚える。

日本でX世代とかY世代といった語が定着しなかったのは、それなりの理由があったのだと思う。日本の現役世代は、XYZ以前にバブル世代・氷河期世代・ポストバブル世代を隔てる断絶が深すぎるのではないか。

共通テーマ:日記・雑感