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10年問題 [科学・技術]

nagedasu_hakui_man.png任期付き研究職の10年問題が議論になっている。有期雇用が5年(研究職は特例で10年)を超えると無期転換申込権を得る改正労働契約法が2013年に施行され、その当時から有期雇用であった研究者は10年目を迎える今年3月にその節目を迎える。しかし一部の研究機関ではその直前で契約を終了する「雇い止め」を行い、結果として相当数の任期付き研究者が職を失うと懸念されている。

雇い止めは、誰も得をしない。研究者当人は職を失い、雇用機関は貴重な研究戦力を失い、中長期的には日本全体にとって科学技術力の衰退を意味する。もともと有期労働者の雇用を守るのが法改正の趣旨だったが、大学や研究機関としては無期転換を認めたくても無い袖は振れない。任期付き研究者の雇用財源は科研費などの外部資金であり、資金に年限が切られているから原理的に無期雇用を保証できない。一方、国から大学に下りてくる基盤的経費は毎年1%ずつ減らされ続けているから、大学が自前で人件費を拡充する余裕はない。国の政策と立法が噛み合わない矛盾が、10年問題の本質である。

アメリカの大学に勤めていた時、初めの2年をポスドクとして過ごした後、同じ職場でリサーチサイエンティストに昇格した。これは外部資金による半無期雇用の研究職で、研究機関によって呼称は違うが米国では一般的なポジションである。「半無期」の意味は、安定的な雇用は保証されていないが決められた任期もないということだ。資金が途切れたら失職するリスクは契約に明記されているが(契約時に説明してくれた事務担当者から「私も同じ立場だし普通のことよ」と言われた)、ボスや自分自身の外部資金をつないで人件費を賄い続けられる限り、ポストが継続的に与えられる。もちろん、10年後に問答無用で追い出されるようなことはない。

このように米国の研究現場には有期でも無期でもないグレーゾーンで働く無数の研究者がいて、研究の生産性に少なからぬ貢献を果たしている。対して日本はというと、終身雇用を指向する文化が今なお根強いせいなのか、半無期雇用システムがあまり歓迎されていない気配がある。その空気感がおそらく10年前の労働契約法改正の背景にあった。

研究費の規模とか、外部資金で自分自身の給与が捻出できる慣習など、日米間にはいろいろ制度的な違いがある。アメリカの仕組みがそのまま日本で通用するわけではないが、少なくとも10年縛りの弊害は明らかだから、早急に労働契約法を再改正したほうがいいんじゃないか。

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中止か失敗か [科学・技術]

space_rocket_hassya.pngH3ロケットの打ち上げが中止された。メインエンジンが正常に起動後、固体燃料ブースターに着火信号が送られなかったそうである。制御系が異常を検知して非常停止したとのことで、もっか原因調査中らしい。年度内の打ち上げを目指すという報道も聞こえてくるので、設計変更を余儀なくされるほど大きな問題ではないことを願う。

打ち上げ中止を説明するJAXAの会見のなかで、ちょっと面白いことが起こった。共同通信の記者が、打ち上げは「失敗」だったとJAXAに言わせようとずいぶんと食い下がった。しかし、深刻なトラブル(爆発とか)を回避すべく安全装置が役目を果たした事象を「失敗」とは言わない、というのがJAXAの立場だ。対して共同通信の記者は、想定外の異常が発生したこと自体を「一般に失敗と言います」と言い放った。

人間は神様ではないので、あらゆる不備の可能性を完璧に想定しておくことはできない。だから不測のトラブル発生を見込んだ上で、それを最小限に抑えるため何らかの安全装置をシステムに組み込んでおく。とくにロケットのような高度に複雑なメカは、最善を尽くしてもなお何らかの不具合はつきものだ。強引に打ち上げて海の藻屑と化したりすれば、取り返しがつかない。だから大事を取るのは当たり前で、ロケットが予定通りに打ち上らないことは珍しくない。大事を取ることを、一般に失敗とは言わない。むしろ、かくも愚鈍な記者を会見に送り込んでしまった共同通信社の判断の方が、明らかな失敗である。

打ち上げ前、大手メディアはH3ロケットに対する期待感が支配的であった。これには個人的に少し嫌な予感があり、いざ打ち上げが上手くいかなかったときに掌返しをされるのではと危惧していた。かつての日本では、オリンピックやワールドカップで日の丸を背負い勝負に挑む選手たちを大いに持ち上げ、いざ期待に沿う結果が出ないと激しくバッシングする光景がよく見られた。そういうヒステリックな反応は今では少なくなったとはいえ、社会から完全に消滅したわけではない。打ち上げ中止会見でのできごとから察するに、一部メディアはまだ昭和の温度感のなかで生きているようである。

共同通信以外も、失敗と認めないJAXAや失敗と書かないメディアを批判する言説が散見される。組織体質の問題と見たいようだが、もともと工学的観点から失敗でも何でもないのだから論点がずれている。文系ジャーナリストの理系リテラシー不足ということかもしれない。今回の打ち上げ中止案件は、日本のロケット技術水準より日本の(一部の)ジャーナリズムが抱える問題点を鮮明にあぶり出した気がする。

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謎の飛行物体だらけ [その他]

前々回のコラムで、アメリカの戦闘機に撃墜された中国の気球のことを書いた。その後、気球一式の残骸を回収した当局が「複数の偵察(情報収集)装置を駆動することが可能な太陽電池パネル」と「通信傍受と位置情報取得が可能なアンテナ」を確認したと当初発表していた。偵察装置そのものを発見したという断言を巧妙に避けているのが作為的だなと思っていたが、気球の積載物本体の引き上げに成功したのはつい数日前のようである。そのうち詳しい情報が出てくるものと期待する。

装置にはプロペラと舵が搭載され、飛行パターンは風向と一致していなかったそうだ。奇妙な話である。件の気球はあくまで気球で、飛行船ではなかった。先日も書いたが、直径60mとされるバルーンがまともに偏西風を受け吹き流されている状況で、希薄な成層圏の空気中をちゃちなプロペラで風に逆らい容易に方向転換できるだろうか(プロペラが実は自家風力発電用の風車ならまだ筋が通る)。風向きを読んで高度を制御するほうが賢明な戦略に思えるが、気球がバラストを積んでいたという話は聞かない。同様の気球は中米や南米でも目撃されたという。中国がコスタリカやコロンビアを偵察する動機があるなら話は別だが、むしろその神出鬼没ぶりの実態こそ、気球の飛行経路がまるで制御できていない証左という気がしないでもない。

alien_grey.pngその後、アラスカやカナダ北部や五大湖上空で不審な飛行物体が次々と撃墜されている。飛行高度はまちまちで、形状も円筒形だったり八角形だったり、私たちの頭上はなんと奇怪な飛翔体で満ち溢れていることか。これらの正体はまだよくわかっていないが、どうやら特段に悪意のない物体らしいとの分析のようである。撃墜にどれほどの経費が費やされているのか知る由もないが、要はあつものに凝りてなますを吹いているだけということである。

米国政府の会見で、地球外生命体の仕業という兆候はないと念を押されるのを聞いて、笑ってしまった。ジョークなのか本気なのかよくわからないところに、素朴で愛おしいアメリカ人の美質が垣間見える。いっそのこと、数々の飛翔体は実は宇宙人の先遣隊だったとフェイクニュースをでっち上げてしまってはどうか?異星人の侵略と聞けば、人々は米中対立などもはやどうでもよくなるに違いない。周辺国の脅威が増すと国全体がワンチームに染まるのが人間の性とすれば、宇宙戦争の危機と聞けばむしろ全地球が団結し世界平和に向かうだろう。

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家族観と政治 [政治・経済]

荒井首相秘書官が性的マイノリティをディスりまくった挙句、更迭された。普段は身内の処分に及び腰の岸田首相が、今回は珍しく決断が早かった。オフレコとは言え発言内容が相当ぶっ飛んでいたので、さすがに躊躇の余地はなかったものと推察する。首相秘書官と言えば、総理の御子息がお土産購入のパシリで勇名を馳せた出来事も記憶に新しい。秘書官室はなかなかユニークな人材の宝庫のようである。

祖国とか肌の色とか、持って生まれたものを受け入れ、誇りをもって生きる。異性が好きか同性が好きかも、同じことだ。人として当たり前の権利を政治権力が排除するべきではない、という現代社会では当然の原則を、なぜ「見るのも嫌」という駄々っ子レベルの情緒論で覆そうとしたのか。LGBTとか多様性の問題になると保守対リベラルの論争になりがちだが、個人的信条以前に根本的な人間性の問題のように思われる。

荒井氏によれば、秘書官室は一様に同性婚に反対とのことだ。その真偽はともかく、政権与党内の温度感を代表した意見であることは間違いなさそうである。首相自身、同性婚の法制化は家族観や社会が変わってしまう課題とした答弁を野党に突っ込まれた。同性婚が法的に認められたとき、本当に社会は変わるのか?もし社会が変わるとして、その何が悪いのか?日本以外のG7各国を含め、三十を超える国々で既に同性婚は合法だそうである。言うまでもなく、同性婚が法制化されたために社会が壊れてしまった国は、一つもない。

家族観は本来とてもパーソナルなものだ。人の数だけ家庭の理想像は違うし、それで社会の成り立ちには何の支障もない。私的な家族観と隣人の家族観が違っていたからと言って、自分の家族のあり方が脅かされるはずもない。同性婚を法的に認めたからと言って、異性婚を望む人々が不利益を被ることもない。日本の政治は、いったい何を心配しているのか?

figure_douchou_atsuryoku.pngマイノリティに対する差別意識は、裏を返せばマジョリティの心に巣食う恐怖である。多数派が享受する価値感は、必ずしも倫理的正当性を前提としない。それは数に支えられた特権に過ぎず、数を失った時にいとも簡単に崩れ去るかもしれない。マジョリティに属する人々は、本能的にその脆さに気づいている。多数派にとって居心地の良い社会は、一皮むけば自分たちに都合良く作られた張りぼてに過ぎないのではないか?その不安から目を逸らし続けるために、「社会や家族観が変わってしまう」と警戒しマイノリティの権利を認めたがらない。人種差別や性差別と心理の深層は同じである。

個人として伝統的家族観を貫きたいのであれば、それはそれで一向に構わない。ただ政治の中枢にいる人は、自らの影響力の大きさをわきまえ、内なる恐怖心にきちんと向き合った方がいい。

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スパイ気球? [政治・経済]

アメリカ本土上空を不審な気球が航行中だそうである。米国国防省は気球を中国由来の飛来物と即座に断定し、周辺領域に飛行制限がかけられた上に、撃墜まで検討したとういことだ。撃墜はさすがに思いとどまったようだが、一連の騒ぎっぷりに思わず笑ってしまった(が、結局撃墜したらしい。2月5日追記)。

公然と中国を名指しするくらいだから、米国政府はそれなりの根拠はつかんでいたのだろう。中国政府は結局気球が自国のものと認めたが、偵察目的との疑惑は退けた。いろいろ謎めいた話ではあるが、軍事施設のあるモンタナ州上空を狙ったという憶測は今一つ筋が通らない。仮に中国大陸で放球されたとして、偏西風はしばしば激しく蛇行するし、捕まる高度次第で風向きはブレる。運よく太平洋を越えて北米にたどり着いたとしても、狙った軍事施設付近にぴたりと流れ着く保証は全くない。

気球の写真を見る限り、巡航ミサイルのように自力で航路を誘導する動力があるとは思えない。台風並みの強風が常時吹き荒れるジェット気流の中で、巨大バルーンに吊るされた装置をドローンさながら自在に制御するのはちょっと想像しづらい。飛行精度の観点では、太平洋戦争中に日本軍が揚げていた風船爆弾と五十歩百歩ではないか。そもそも、既に高性能のスパイ衛星を実用化しているはずの国が、ローテクで悪目立ちする高高度気球でアメリカの機密情報を収集しようとする動機が見えない。衛星より低高度で撮像の解像度を稼げるので、ダメもとでたくさん飛ばして数撃ちゃ当たるとたかを括っているのか?それとも、中国が言うように単なる気象観測気球が迷子になったに過ぎないのか?

norimono_character4_kikyuu.png3年前、日本の東北地方上空にやはり謎の気球が姿を見せた(当時ブログで分析した)。白い球状のバルーンと正体不明の吊下物、そして民間機の巡航高度を優に上回る高高度といい、モンタナの気球と共通点が多い。真相はさておき、今回の一件でひとつ明らかになったのは、正体不詳の飛翔体が領空に現れたときの初動体制が日米でかくも違うのか、ということである。アメリカは即座に警戒態勢を発動し、撃墜まで検討した。些かやりすぎ感は否めないとは言え、米国の揺さぶりは少なくとも中国から事態釈明を引き出す効果はあった。

一方、当時の日本政府は不審な気球に何ら反応を示さず、まして撃ち落とすなど頭をよぎりもしなかった。結果的に害はなかったが、政府自ら真相解明を引き出す外交的駆け引きの意欲すらないと証明したことになる。折しも防衛費の引き上げやその財源問題が議論を呼んでいるが、ハード面の整備以前に隙だらけの外交メンタルをまず見直した方が良さそうである。

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