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追悼 小澤征爾 [音楽]

昔の話だが、生前の母がいっとき成城の小さな教会を借りて子供たちに英語を教えていたことがある。その縁で教会のクリスマスイベントに呼ばれた母が、地元在住の小澤征爾さんの姿を見つけた。皆でクリスマスキャロルを歌う段になると、小澤さんが自ら「じゃあ、ぼく指揮するわ」と立ち上がり、場を盛り上げたそうである。地域イベントなのに世界のオザワの棒で歌えるなど、何と贅沢なクリスマスプレゼントか。小澤征爾は立ち昇るオーラと庶民的な気さくさのギャップがすごい、と母が感心していた。

tsue_sennin.png一期一会のコンサートを聴きに訪れるだけの聴衆にとっては、指揮者はオーケストラのセンターで踊り魔法の杖を操る花形だ。しかし指揮者の仕事の大半は、コンサートが始まる前に終わっている。オーケストラは一人一人が音楽的個性とプライドを持つ厄介なプロ集団だ。指揮者はそんな相手を束ねて一つの楽曲をまとめ上げなければならない。指示が細かすぎれば嫌われるし、創る音楽が浅ければバカにされる。指揮者は音楽家であると同時に、プロジェクトマネージャでもある。知識が豊富で頭が切れるだけではプロジェクトのリーダーが務まらないのと同じで、音楽的才能はピカイチでも烏合の衆を惹きつけるカリスマ性を備えていなければ、指揮者として成功を極める可能性はおそらくない。

今でこそ世界のクラシック音楽界で活躍する日本人は珍しくないが、小澤征爾さんはその草分けだった。クラシックは欧州の伝統芸能だから、日本の梨園や角界に似てとても保守的な世界だ。ウィーンフィルが最近(1997年)まで女性の正団員を採用しなかったことは有名である。ベルリンフィルも、80年代くらいのコンサート映像を見ると大半が白人男性である。東洋人に西洋音楽が分かるものか、と平気で言われていた時代に、小澤さんは音楽を奏でる心に国境などないことをタクト一本で証明し続け、少しずつ偏見を塗り替えて来た。

2016年に小澤征爾さんがベルリンフィルを振った際、コンサートマスターの樫本大進さんを聞き手にインタビューで語る映像を見たことがある。小澤さんが「あなたのとこのオーケストラ、やっぱりすごい(中略)こう、弦の粘りがね」と言うと、樫本さんが驚いて「それは(小澤さんが)要求するからですよ」と答えるくだりがある。指揮台に小澤征爾が立つと、天下のベルリンフィルすら音が変わる。世界最高の管弦楽団と今や対等に渡り合い、お互いに深い敬意を払う関係を築いた世界のオザワの到達点を見る思いがした。

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