SSブログ

日本の科学は後退するのか? [科学・技術]

kenkyu_man_shikinbusoku.pngつい先日発売のNewsweek日本版(10月20日号)で、科学後退国ニッポンという特集が組まれていた。ふだん雑誌はほとんど読まないのだが、何となく気になる企画でつい買ってしまった。記事は、科学の現場を取り巻く日本の現状を憂いている。いわく、日本が科学に投資する国家予算はずっと横ばいで伸び率は主要国中最低水準にあり、基盤的研究経費が減り続けているためそれを補う競争的資金の獲得に研究者が忙殺されている。若手研究者の就職難が深刻であり、目端の利く学生は科学者としてのキャリアパスを見限って博士課程に進学しない。また、就職難や資金獲得競争のなか失敗が許されない焦りが一部の科学者を研究不正に駆り立て、日本のアカデミアの信頼を損ねている、といった具合だ。

この最後の論点は、ホンマかいなという気がしないでもない。大自然の謎を解明したいとか、世の中に役立つ発明をしたいとか、研究者のメンタリティは基本的に未発見の真理に到達したいという願望で成立している。嘘のデータをでっち上げても真理には近づかないから、純粋に研究が好きで科学者になった人(大半はそうだと思う)は、いくら苦境の中でも捏造は誘惑になり得ない。STAP細胞の小保方さんは、過当競争のプレッシャーで道を踏み外した心の弱いサイエンティストというより、屈折した自己承認欲求を誰にも正してもらえないまま昇りつめ、いきなり現実世界に放り出され戸惑う御伽の国のお姫様のように見えた。彼女の妄想の中では、作り込んだデータを憧れの偉い先生に見せ喜びを分かち合う幸福こそが研究であり、捏造と真実の境界は初めから意味を持っていなかったのでは、とすら思える。

国立大学に配分される予算が減り続け競争的資金のシェアが増しているのは事実であるが、研究資金獲得に費やす労力の負荷は、日本より米国の方が明らかに重い。アメリカの研究仲間と話をすると、慢性的にプロポーザル(研究費の申請書)の締め切りに追われる疲労感をよく感じる。その意味では、今でも日本の研究環境はむしろ恵まれていると言える。ただし研究費獲得のために投資した努力は、いずれ科学的成果に結実する。日本のアカデミアはむしろ、外部評価や組織改革などマネージメントの議論や書類作成に終わりなき労苦を強いられ、これが現場を圧迫する最大の要因のように思える。評価も改革もある程度は必要だが、研究のプロが組織運営で疲弊するのでは本末転倒だ。泣く泣く研究時間を削って準備した分厚い評価資料への回答が「もっと研究成果を出しなさい」では、笑い話にもならない。

アメリカの研究大学では、研究グループに所属する大学院生やスタッフを教員が外部資金で養うので、人件費の確保が大変だ。米国では大学教員の給与は学期が開講される9ヶ月分が一般的で、残り3ヶ月分を賄うため自分の給与の一部も外部資金に頼る。ところでアメリカはResearch ScientistないしResearch Professor等と呼ばれる外部資金雇いの無期契約研究者が大勢いて、ポスドクのようなプロジェクト色がついた任期付雇用と違い、ボスや自分自身が資金を調達できる限り半永久的に働ける。私は在米時、はじめの2年はポスドクで雇われたがその後Research Scientistに昇格した。米国の有名大学で、一研究室を率いる教員職を得る競争は極めて熾烈だが、外部資金雇いの研究ポジションは(選り好みをしなければ)チャンスは広く開かれている。そもそもチームを引っ張るより誰かの下で職人的に働くのが得意な研究者も大勢いるから、適材適所の効率的なシステムだ。

日本の大学や研究所ではポスドクのような3~5年単位の有期雇用は少なくないが、外部資金による無期雇用制度は原則存在しない(労働契約法との兼ね合いもある)。ポスドクで食いつないだあとは大学や研究所の正職員に挑むほかなく、これは定員が決まっているので公募自体が大変少ない。このギャップが、いわゆるポスドク問題を生んでいる。正職員のキャパを増やせないなら、日本にも外部資金の無期雇用制度を根付かせればポスドク問題は少しは緩和されるだろうし、長期的には人材供給が安定するので研究の活性化が期待できる。ただし財源確保にあたって、新学術領域研究のような大型プロジェクトに集中投入されがちな現在の制度を再編したほうが良い。日本の競争的資金は、小回りの効く個人研究(科研費で言えば基盤BやC)で人を雇える規模の資金確保は難しい。どんな小さなグラントでも人件費を積むのが当前の米国に比べ、日本の研究費制度は科学の発展にいちばん大事なのは人だという設計思想が薄い。

上述のNewsweek記事は、もう少し掘り下げた分析が欲しかったなあと言う印象は拭えない。ただし、主記事に続いて様々な世代の研究者4名による匿名座談会が収録されており、こちらは生々しい意見が飛び交って面白い。