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ルドルフの憂鬱(前編) [フィクション]

santa_tonakai_sori.png「サンタ先輩、あっしはもうダメです。老いぼれトナカイなぞ見捨てて、先輩だけで行ってください。」
「ルドルフ、何を大袈裟なこと言っておるのだ。しばらく休めば大丈夫だ。そもそも、お前がいなければソリを動かせないじゃないか。」

サンタはそう言いながら、道の駅のコーヒースタンドで買ったカプチーノをルドルフに差し出した。ルドルフはカップにほんの少し口をつけた途端、目を白黒させた。
「あちっ。人間って何でこんなに熱いもの飲むんすか?」
「慌てなくていい。ゆっくり飲めば体が温まる。」
カプチーノを恐るおそるすすり、ルドルフはふぅっとため息をついた。口の周りに付いたミルクの泡を見て、サンタが笑った。
「わしの髭みたいだな。一回り老けたように見えるぞ。」
ルドルフは恨めしそうにサンタを見つめた。
「実際、すっかり老けた気分ですよ。若い頃は、こんな風に配達の途中で脚にガタがくるなんてこと、なかったのに。」
サンタはルドルフの痩せた前脚をそっとさすった。
「無理をさせて悪かったな。おまえもぼちぼち引退を考えて不思議はない歳なのに。」
「一晩で配達を終えないといけないんで、無理を押すのは仕方ないっす。でも、来年以降はやりくり大変ですよ。2024年問題とか言って、この国では物流ドライバーの時間外労働が厳しく制限されるそうじゃないすか。あっしも法的には運送業の労働者ですからね。」

サンタは自分のカフェラテをぐいっと飲んだ。
「実はな、そろそろお前に楽をさせたいと思って、秋ごろから新人を数頭スカウトしようとしたんじゃ。でも求人にさっぱり応募がない。どこも人手不足なんじゃな。」
「トナカイに関して言えば、人手不足どころじゃないですよ。2016年には絶滅危惧種のレッドリスト入りしましたからね。」
サンタはルドルフをまじまじと見つめた。
「おまえ、そんな希少動物だったのか?」
「シーラカンス見つけたみたいな顔しないで下さいよ。あっしの同業仲間も、軒並み高齢化が進んでますよ。皆ソリを自力で引くのが辛くなったんで、エンジン・アシスト付きのモデルに新調してもらったりとか、いろいろ対策打ってるみたいですし。」

それを聞いたサンタはポンと膝を打ち、ポケットから丸めてしわくちゃになった冊子を取り出した。
「忘れるところじゃった。わしもおまえのために高齢トナカイ仕様のソリを見繕っておるところでな。このカタログの最初のページを見てみろ。最新のエンジンアシスト技術を搭載したハイテクモデルだ。ハイブリッド車だから、地球温暖化対策にもなる。」
ルドルフはカタログを手に取りしばらく興味深げに見つめていたが、胡散臭そうな目でサンタを見上げた。
「ってか、エンジンとモーターじゃなくて、エンジンとトナカイのハイブリッドですよね。ちっともエコじゃないっすよ。これまではあっしらの肉体労働だけに頼っていて、もともとCO2排出量ゼロだったんだから。」
「まあ、そう細かいこと言うな。カプチーノ、気に入ったか?もう一杯買って来てやろうかの?」

ルドルフはミルクの泡だけになったカップを覗き込んだ。
「そういえば、去年エスプレッソマシンをプレゼントに頼んだ女の子、いましたよね。今年は何を注文したんだろう。」
サンタはスマホを取り出し、納品リストのスプレッドシートを指先でスクロールした。
「どれどれ。ああ、この子だな。・・・ふむ、これは面白い。」
サンタが差し出したスマホをルドルフは覗き込んだ。
「あれ?品物の項目が空欄っすね。コメント欄に何か書いてあるな。『今年は何もいりません。でも、サンタさんとトナカイさんにエスプレッソをごちそうしたいので、立ちよってください。』珍しいリクエストですね。行きましょうか?」
「ああ、この子はちょっと気になってたからな。ルドルフ、ぼちぼち走れそうか? あまりのんびりしてると、せっかくのエスプレッソが冷めてしまうかもしれん。」
「脚の痛みはだいぶ回復しましたよ。でも、ゆっくり走ってもいいっすかね? エスプレッソなら、適度に冷めてくれたほうがあっしには助かりますんで。」

後編へ続く