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変異種のはなし [科学・技術]

virus_corona_mutant.pngイギリスで見つかった新型コロナの変異種が、騒ぎになっている。従来種より感染力が強いとのことで、最大7割増とか実効再生算数が少なくとも0.4増えたとか、報道で数値が出てくると何やら切迫感が増す。実効再生産数については、0.4上昇と言っても0.5が0.9になるのと0.8が1.2になるのでは全く意味合いが違うので、数値が正しいとしてもその言い方の数理的センスがイマイチだなあと思うが、まあいいことにする(実際には1.1から1.5ということらしい)。

英国南東部ケントで初めて見つかったこの変異種は、12月に入って急拡大した感染の波に乗ってみるみる増え続け、徐々に従来種を駆逐しつつあるようである。だが、これだけではこの変異種が従来種より感染力が強い証拠にはならない。ウイルスの変異自体は日常茶飯事なので、何らかの原因で感染再拡大が早く始まった地域にたまたまいただけの変異種が、ロックダウン解除で復活した人流に乗って一気に勢力を得たのでは、という仮説も成り立つ。9月下旬には既にケントに出現していたことが判っているから、本当に感染力がアップしているなら、2ヶ月以上にわたりほとんど人目を引く挙動を示さなかったことが奇妙と言えば奇妙だ。この変異種が現実に感染拡大を駆動しているのか、単に感染実態のトレーサーに過ぎないのか、データの相関だけから因果関係を特定することは(一般論としては)難しい気がする。

ダーウィン的な自然淘汰の見地からは、感染力の高い種が生き残っていくのは当然の帰結ということになる。一方、分子レベルの進化はほとんどの場合有利でも不利でもない中立的な変異が集団内に広まる帰結として起こる、とする理論(分子進化中立説)があって、これによれば結果的にどの変異が進化を支配するかは基本的に偶然の作用が決める。提唱者の木村資生博士は、ダーウィニズムを象徴するSurvival of the fittest(最適者生存)と対比させて、彼の理論を Survival of the luckiest(一番幸運な者が生き残る)と呼んだ。ウイルスの世界でも、多数派を占めたから感染力が強いはずだとは必ずしも言いきれないのではないか。この方面に詳しいどなたかにぜひ教えて頂きたい。

ただ例の変異種は、ウイルスのスパイクタンパク質に関わる変化がいくつも起きていることが確認されているそうである。さまざまな疫学的・ウイルス学的状況証拠を集約すると、実際に感染力を増している蓋然性は高いという話のようだ。この手の強面な変異種が現れると世界中の入国警戒レベルが跳ね上がるので、社会への影響は大きい。水際対策は重要だが、これから疑惑の変異種が見つかるたびにパニックに近い反応を誘発しないか、少し気になる。デンマークでミンクが大量に殺処分された時は、いささか過剰反応だった感がある。

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