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金星から来たペンギンの話 [動物]

space_uchu_penguin.png前回のコラムで軽く予告したとおり、今回はペンギンの話をしたい。ペンギンは金星から来た異星人ではないか、という衝撃のニュースをお聞き及びだろうか?

話の出どころは、ジェンツーペンギンの糞にある。正確にはグアノという糞の堆積物だが、その中からホスフィン(phosphine)なる化学物質が見つかっている。ホスフィンとはリン化水素のことで、燐に水素が3つ結びついたシンプルな分子(PH3)だ。常温で酸素と反応する引火性ガスで、猛毒である(害虫駆除の薬剤に使われることもあるという)。大気中では安定に存在できないので、自然状態ではほとんど存在しない。しかし、嫌気性のバクテリアの仲間にホスフィンを生成するものがいるとされる。自然界でホスフィンが見つかるのはヘドロのような泥の中だったり、どういうわけかペンギンの排泄物の中だったりする。

昨年9月、金星大気の電波分光観測から相当量のホスフィンが検出された、という論文がちょっと話題を呼んだ。金星大気でホスフィンを生成し維持する化学的メカニズムは存在しない。そこで、嫌気性バクテリアのような生物学的プロセスが関与しているのではという説を持ち出したのである。もしかしてもしかすると金星に生命が存在するのではないか、ということだ。もちろん、突飛な一仮説に過ぎない。ホスフィンの検出自体、金星大気にありふれた二酸化硫黄と見間違えた誤報だよ、と一刀両断する向きもある。

ペンギン金星人説を伝える記事で引用されるのは、インペリアル・カレッジ・ロンドンのクレメンツ博士のコメントである。クレメンツ博士は天文学者で、Nature Astronomy誌に出版された金星ホスフィン論文の共著者の一人だ。金星大気のホスフィン生成メカニズムを解明する上で、地球の生態系が手がかりになるかも知れない、と考えた。その一つとしてペンギンのウ◯チの話題をメディアに語ったところ、いつの間にかペンギンが金星から降りて来たという話になったのである。

フェイクニュースがどのようにして醸成されるかを示す典型例と言えよう。「金星にしかないはずの物質がペンギンから発見された」というニュアンスの記事が多いところを見ると、クレメンツ博士の発言がだいぶ曲解されて伝わっているようである。誰も真に受けない限り罪のないジョークで済む話だが、ちょっとクレイジーなサイエンティストのようにコメントを引用されたクレメンツ博士ご本人は、意外な反響に困惑しているかもしれない。

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