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宇宙開発のいま [科学・技術]

かつて宇宙開発は一大国家事業だった。アポロ計画が花開いた1960年代、米国とソ連が国の威信を賭け湯水のように国家予算を注ぎ込み、宇宙開発競争に明け暮れた。世界初の人工衛星(スプートニク)、世界初の有人宇宙飛行(ガガーリン)、世界初の女性宇宙飛行士(テレシコワ)、世界初の宇宙遊泳(レオーノフ)、とソ連は常にアメリカの機先を制した。人類初の月面着陸(アームストロング)でようやく雪辱を果たした米国だったが、それは宇宙開発競争のハイライトであると同時に衰退の始まりでもあった。

宇宙開発には金がかかるが、国家予算の確保には国民の支持が欠かせない。月面着陸という最大の目標が達せられると、世論の熱狂は冷めていった。アポロ11号の前年に公開されたキューブリック監督の不朽の名作によれば、2001年には人類は木星に到達するはずであった。当時の技術的進歩をそのまま敷衍すれば、決して絵空事ではないと信じられる空気が当時はあったのかもしれない。しかし現実の21世紀は、木星どころか月面探査すら放棄して久しい。モチベーションを失った米国の宇宙開発はスペースシャトルの形でしばらく生き延びていたが、再利用型で経済的なはずのスペースシャトルも費用対効果で世論の支持を維持することは叶わなかった。

space_iss.pngスペースシャトル引退後、国際宇宙ステーション(ISS)へ宇宙飛行士を送り届ける唯一の輸送手段をソユーズが担ってきた。ロシアにとっては棚ぼたの独占市場を手にしたわけだが、そこにイーロン・マスク氏率いるスペースX社が乗り込んできた。民間による宇宙開発事業への本格参入という新たな時代が幕を開けたのである。宇宙開発はビジネスチャンスとなり、宇宙旅行マーケットにスペースX、ヴァージン・ギャラクティック、ブルー・オリジンと次々に民間企業が参入した。かつてはSFの世界で描かれるだけだった夢物語が、にわかに実現し始めたのである。

とは言え、商用宇宙旅行は今のところ億万長者だけに許された贅沢に過ぎない。ZOZO創業者の前澤友作さんが、いまISSに滞在中である。かかった費用は同行のマネージャーと2人で約100億円だそうだが、その相場感は庶民感覚では高いのか安いのか見当もつかない。だが、100億円といえば大型衛星を打ち上げる際に支払うロケット1機分の値段とあまり変わらない。モノを打ち上げるのと人を乗せるのでは安全基準がケタ違いだから、人間二人をISSに送ってまた地上に連れ返す費用が100億円なら、むしろ安上がりなのではないか。前澤さんはソユーズを利用したが、スペースXの参入によりロシアはISSビジネスでシェアが縮小したから、仮に薄利でも大事なお客様ということのようである。

いま中国が宇宙開発でブイブイいわせており、有人飛行とか無人月探査とか米ソを半世紀遅れで猛追している。こちらは国家の威信を賭けた大プロジェクトで、その意味でも冷戦期の宇宙開発を彷彿とさせる昭和感が半端ない。民間企業による宇宙旅行ビジネスと昔ながらのマッチョな国家プロジェクトが、洋の東西で同時進行する。宇宙開発史上かつてない興味深い時代が到来したと言っていい。

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