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デジタル楽譜と譜めくり問題 [音楽]

computer_tablet.pngスマホやタブレット端末の普及とともに電子書籍の利用が拡大したように、楽譜のデジタル化も進んでいる。電子版の楽譜を販売するサイトは山ほどあるし、著作権の切れたクラシック曲の楽譜データを大掛かりにアーカイブするプロジェクト(IMSLP)もある。では、ダウンロードしたPDFの譜面を演奏家はどうやって利用しているんだろうか。書籍をKindleアプリで読むように、iPadを譜面台に載せて演奏するのか?案外、結局プリントアウトして紙の譜面を使っているアナログな人も多いんじゃないか?

知り合いのフルート吹きで、iPad上のデジタル譜面を愛用している人がいる。ページ縦送りが可能なアプリを使うと、曲の進行に応じて楽譜を上下に少しずつスクロールできるので、譜めくりの煩わしさをを回避できるそうである。確かに、紙の譜面はページの変わり目でバサッとめくらないといけないので、休みのないプレストの曲なぞ弾いているとタイミングが難しい。慌ててつい力が入りすぎると、競技カルタさながらの勢いで譜面が吹っ飛び大惨事となる。タブレット上の譜面はそのストレスを軽減する効能を期待できそうだ。

ただし、ピアニストにとってはそう簡単にはいかない。ピアノの譜面は二段(場合によっては三段以上)あるから、必然的にページをめくる頻度が高くなる。室内楽はもっと大変で、例えばピアノ五重奏だとピアニストは六段のスコアを見ながら弾くので、縦スクロールなどしようものなら間違いなく目が回る。横にめくっていく場合、紙の譜面は左右に並べて場所を稼げる分むしろ利があって、タブレットは一面一枚以上は収まらないから譜めくりは紙よりさらに忙しい。タブレットとワイヤレス接続したペダルで譜めくりを遠隔操作するツールもあるようだが、ピアノはそもそも演奏にペダルを使うので足が空いていない。ピアニストにとっては、譜面のデジタル化は譜めくり問題の解決にはあまり役に立たないのである。

演奏会の舞台では、ピアニストの横によく譜めくり役が座って控えている。先日、ジョン・アダムズのピアノ協奏曲『Must the Devil Have All the Good Tunes?』のコンサート動画を見た。クセの強い曲名(『悪魔は全ての名曲を手にしなければならないのか?』と訳されるようだが、本来は『名曲がこぞって悪魔の手に落ちてなるものか』という反語的ニュアンスではないか)の真意はさておき、ファンキーでとても面白い曲である。興味深かったのは、ピアニストが譜面台にタブレットを置いて演奏していたことである。譜めくり担当は、ほぼ休みなく座ったり立ち上がったりを繰り返し画面をタップする。iPadはタップが弱いと反応しなかったり、触れる位置を間違えると思わぬ挙動をしかねないので、紙の譜面をめくるより神経を使いそうである。

それで思い出したのが、ユジャ・ワンがラヴェルの『左手のための協奏曲』をタブレットを見ながら弾く別の動画である。曲名の通り右手がずっと空いているので、自分で軽々と譜めくりしながら弾いていた。コンサート本番でタブレットを使うピアニストを見たのはそれが初めてで、若い世代にはそれが当然なのかと驚いた。もっとも、アダムスのような現代曲は別にして、彼女ほどのピアニストが定番の名作コンチェルトを暗譜していなかったことも別の意味で驚きではある。蛇足ながら、ユジャ・ワンはアダムスの前述曲を初演したピアニストであり、同曲のCDも出している。