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素晴らしい発表をありがとうございます [海外文化]

日本で開かれた国際会議に出ていて気付いたことがある。講演者の発表につづき質問に立った日本人が、決まって律儀に感謝の言葉で切り出すのだ。
Thank you very much Professor Smith for your nice presentation. My question is ...
これがもしアメリカ人なら、大抵もっとくだけてこうなる。
Bill, great talk. I'm just wondering...
褒め方に文化的な温度感にちがいがあるのは当然で、日本人は概して謙虚で礼儀正しい。しかし私が講演者なら、Thank you very muchよりシンプルにgreat talkと言われた方が、真心がこもって嬉しい。

論文のレビュー(査読)をしていて似たような状況に出会うことがある。丁寧なコメントをつけてくれたレビュワーに著者が回答の冒頭で一言礼を述べることは普通にある。しかし(アジア系の著者に多いのだが)過剰なくらいThank youが連発される回答文書を見かけることが少なからずある。数十項目に及ぶ一問一答がすべて判を押したように「Thank you for your comment」の決まり文句で始まっていて面食らったこともある。形式的な謝辞や賛辞は乱発すると誠意が失われ逆に印象が悪化することに、思いが至らなかっただろうか。いちど私が査読した論文で、別のレビュワーが再査読の際に「この著者は表向き礼儀正しいが口先だけで、こちらの改訂コメントを軒並みスルーしている」と怒りのリジェクト宣言を突きつけた現場を目撃したことがある。

figure_talking.png日本はもともとあまり議論をしたがらない文化圏だと言われる。人と違う意見を持つことに漠然とした恐怖感をもち、他人の意見に公然と異を唱えると「空気を読めない」と受け止められがちな風土がある。ただし研究者は特異な人種で、根っからの議論好きで相手の主張に反駁することを厭わない人も多い。だが面白いことに、慣れない英語を話す局面になると日本人らしい奥ゆかしさが急浮上する場面をしばしば見かける。「Thank you for your nice presentation」はたぶんその一例で、本当にナイスなプレゼンだったかどうかはさておき、質問はしますが挑発的な意図はないんですと暗に予防線を張っているのだ。

欧米人に「空気を読む」という概念は希薄なので、異を唱えられた方もそれを個人的挑発とは受け止めない。それでも、彼らと同じ土俵でアグレッシブな討論に臆せず入っていくのは、日本で生まれ育った私たちにはハードルが高い。その「ビビり感」がThank you連発の心理的背景にある気がする。

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