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サンタの憂鬱(前編) [フィクション]

「先輩、こんなところにいたんですか。ホント探しましたよ。」

丘のてっぺんまで夜道を登りきったルドルフが、息を整えながらサンタに話しかけた。ポツンと佇む街灯の明かりの下で、ベンチに座るサンタの背中がかすかに揺れた。
「サンタ先輩?」
ルドルフがベンチに駆け寄った。丘から望む街の夜景が、真冬の澄んだ大気ごしに冷たく煌めいている。
サンタがうつむいたままポツリと答えた。
「ルドルフ、探させてすまなかった。少しのあいだ、どうしても一人になりたくてな。」
「どうしたんすか、急に?道の駅でトイレから出たら先輩の姿が見えなくて、いつまで待っても戻って来ないから、心配しましたよ。」
ルドルフはそう言いながら、サンタの隣に腰を下ろした。

santa_claus_back.pngサンタはそっとため息をついた。
「パンデミックの出口が見えてきて、ようやくクリスマス配送が再開できるようになったのはいいが、コロナ前と比べて受注が激減したじゃないか。3年ぶりに張り切っておったのに、なんだか淋しいというか、無性に空しい気分になってな。」
ルドルフは驚いた顔でサンタを見つめた。
「それは先輩が望んだことじゃなかったんですか?コロナで籠っていた2回のクリスマスはすっかりアマゾンに頼って、おかげでサンタ先輩も時間にゆとりができたじゃないですか。今や、いっぱしのユーチューバーだし。」
「お前の言うとおり、確かにわしが自分で仕込んだことじゃ。」
サンタは顔を上げルドルフを見つめた。
「でもな、わし程度のユーチューバーなんて世間に掃いて捨てるほどおる。しかしサンタ配送業のライセンスを持っている者は、世界に十数人しかいない。わしはやはりサンタでいることだけが取り柄なんじゃよ。」
世間的にはサンタは一人ってことになってますけどね、とルドルフは言いかけて、止めた。

「なあ、ルドルフ。コロナ禍に見舞われた3年弱の間に、どれだけ多くの店が街から消えたじゃろうか?生計に困って自ら命を絶った個人経営者もいる。」
ルドルフは黙って頷いた。
「でもな、絶望の理由は、単なる経済的な困窮だけじゃなかったはずだ。」
街灯の明かりが一瞬心許なく揺らいだ。サンタは頭上を見上げた。
「足繫く訪れていた客がパタリと途絶え、ガランとした店内で来ない客を待つ店主の気持ちが、今わしにはわかる気がするんじゃ。自分は社会から必要とされていない、真っ先に切り捨てられあっさり忘れ去られる、そんな風に感じていたんじゃないだろうか?何年もかけてコツコツと築いてきた仕事が、他人にとっては何の価値もないと宣告されたみたいに。」
ルドルフは再び黙って頷いた。
「自分で言うのもなんだが、サンタは世界中の子供たちがクリスマス前に待ち焦がれる大スターだとずっと思っておった。でも、独りよがりの思い込みに過ぎなかったのかもしれんな。幼い子供たちすら、クリスマスプレゼントがネット通販で届くのが当たり前になってしまったんだとしたら、サンタの出番はもうどこにもない。」

ルドルフがおずおずと口を開いた。
「そんなことはないですよ。今でも、えっと、子供たちはみんなサンタさん大好きだと思いますよ。」
「ルドルフ、お前はいい奴だが、相変わらずウソが下手じゃのう。」
「嘘じゃないですよ。今も世界の子供たちから、たくさん手紙が届くじゃないですか。」
「年に一度しか働かなくていいからサンタになりたいです、ってやつか?」
そう言ってサンタが笑った。ルドルフもぎこちなく笑顔になった。
「さて、お前に愚痴ったおかげで、少し気が晴れた。最後の配送品がまだ一つが残っておるから、さっさと片付けてしまおう。ほら行くぞ。」
「ほら行くぞって、サンタ先輩がバックレてたんじゃないですか。でもいいですよ、ソリは丘の下のパーキングに移動してあります。言っときますけど、駐車料金は先輩持ちですからね。」

中編へつづく