SSブログ

ヘンリー王子の羅生門 [映画・漫画]

1995年公開の『ユージュアル・サスペクツ』という映画がある。裏社会の抗争がらみとみられる船舶爆破事件が起こった。唯一の生存者である詐欺師の男と彼を尋問する刑事のやり取りが、事件の背景を少しずつ紐解いていく。やがてカイザー・ソゼと呼ばれる冷酷無比な黒幕の存在が浮かび上がるが、そのミステリアスな正体をめぐり登場人物の見解はまちまちで、謎はむしろいっそう深まる。

しかし映画の幕切れに至り、まさかのどんでん返しが待ち構えている。主人公によるウソの証言というミステリーの禁じ手が使われているので、オチがフェアではないという論議はあったように記憶している。が、綿密に張り巡らされた伏線が一気に回収されるラストは圧巻で、大半の人は気持ちよく騙された。

mon_gate_asia_open_half.png『ユージュアル・サスペクツ』の隠れたテーマは、真実の重層性である。この映画が出世作となったブライアン・シンガー監督は、黒澤明監督の『羅生門』から受けた影響を認めている。芥川龍之介の短編『藪の中』を下敷きにした映画『羅生門』は、平安時代の強盗殺人を題材に、語り手ごとに食い違う「真実」の曖昧さを描いた。

面白いことに、事件の当事者三人はいずれも被害者の武士を殺したのは自分だと語る。殺人の罪を逃れることよりも、無意識に己の役回りを見栄えよく粉飾するナルシシズム的美学が勝っているのである。映画には事件をこっそり目撃していた四番目の人物(芥川の原作には登場しない)が存在し、彼の証言により当事者の虚飾がつまびらかに暴かれる。が、この人物もまた自らに不都合な事実を隠そうとしていた。

英国王室を去った(追い出された)ヘンリー王子の暴露本『スペア』が発売され、話題を呼んでいる。書かれていることがウソかホントかと報道を賑わせているが、真相は何かという議論にあまり意味はない。ヘンリー王子にとっては紛れもない「真実」も、他の当事者にとっては継ぎはぎだらけの言い訳に過ぎないかもしれない。読んだわけではないが、『スペア』はたぶんヘンリー王子が脚色したロイヤルファミリー版『羅生門』なのである。

共通テーマ:日記・雑感