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空に壁はない [その他]

hanabi_sky.pngコロナ禍が明けて、夏の花火大会が戻ってきた。しかし昨今の物価高や人手不足で花火玉のコストや警備の人件費が高騰し、有料化に踏み切ったり開催自体を断念したケースもあったと聞く。びわ湖花火大会では有料観覧席を設ける傍ら、周辺道路の混雑防止のため周囲に高さ4メートルに及ぶ「目隠し用」フェンスを設置したことが議論を呼んだ。遠目でいいから花火を見たい、と楽しみにしていた地域住民の落胆は想像に難くない。

この一件で思い出した話がある。時は1987年、まだ壁が東西を隔てていた当時のベルリンに、日本の花火職人が招かれた。佐藤勲さんという大曲の花火師が指揮を執り、和製花火の打ち上げを披露することになったのである。日本の花火は伝統的に高い技術があって、円筒形に火薬を配置するドイツの方式と違い、球対称に花が開く。そのため、どこから眺めても美しい花火の形が楽しめる。打ち上げ会場はもちろん西ベルリン側だったが、佐藤氏が事前の取材に応じた折、こんなコメントを残した。
ベルリンの地上には壁がありますが、空に壁はありません。日本の花火はどこからみても同じように見えます。西側だけでなく東側の人々も花火を楽しんで下さい。
「空に壁はない」という佐藤さんの言葉は、翌日現地紙の見出しを飾った。夜空を彩る花火に魅せられながら、壁のすぐ向こう側で同じように空を見上げる同胞に心を寄せるひと時。そのとき現地の人々の胸に去来したであろう想いの深さと複雑さは、如何ばかりだったか。ベルリンの壁が崩壊する2年前の出来事であった。

78年目の終戦の日を迎えた。お盆の時期とも重なる毎年8月半ばは、世を去った先人たちに想いを馳せる季節である。花火大会の中には、もともと慰霊や鎮魂の思いを込めて始まったものも少なくないという。財政的事情から有料席を設けること自体が悪いとは思わないが、花火はやはり等しく皆のためにあるべきものだ。どんなに高い壁が作られても、私たちはその向こうに散る大輪の華が見たいと切望する。たぶん、花火が夜空に儚く咲いては消えるたび、心の奥で大切な何かと呼応しているのだと、みな密かに感じているのである。

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