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0.1秒 [スポーツ]

sports_starting_blocks.pngブダペストで開催中の世界陸上をテレビで見ていて、短距離種目のフライング検出精度に驚いた。今さらながら調べて分かったのは、号砲から0.1秒以内にスタートブロックに圧力が加わるとフライング判定されるシステムが自動化されているそうだ。音を聞いてから筋肉が反応するまでには、一定の応答時間がかかる。その生理的限界を超える0.1秒以内にスタートしたら号砲前に飛び出したと見做す、という理屈だ。

以前、オンライン越しに楽器のアンサンブルを合わせる難しさについて書いた(『心の同期』)。遅延が0.1秒ちょっとのZoomでは、会話はできても合奏はまるで成立しない。YAMAHAが提供するSyncroomというツールがあって、リモート演奏の遅延をハード的に可能な下限近くまで抑えてくれる。それでも、対面でアンサンブルをする一体感には遠く及ばない。それを考えると、0.1秒は人間の認知機能にとって決して無視できないのでは、という疑問が生まれる。

もっとも、音楽の場合は別の奏者を聞いてから自分の音を出しているわけではない(この話題は別記事『伴奏ピアニスト』で触れた)。心の中で刻むリズムが全員でピタリと合う一体感が、アンサンブルの醍醐味だ。音が物理的に聞こえてから合わせるのでは、間に合わない。初めはわずかな遅延でも、たちまち連鎖し音楽が空中分解する。号砲を聞いてからスタートを切るアスリートは、その点でちょっと事情が違うかもしれない。

とは言え、フライングの0.1秒ルールが本当にフェアかという議論は絶えないようである。不意の外部刺激にコンマ1秒で反応することは難しいとしても、音楽家が心のリズムで精緻なアンサンブルを奏でるとき、0.1秒を優に切る精度でタイミングを図っているはずだ。世界の一流選手はたぶん、On your marksからSetの流れで極限まで高まる緊張感の中で、号砲が響く瞬間に向けて無意識に「リズムを取っている」のではないか。それが結果として号砲の瞬間とピタリと合ってしまったら、確信犯的な故意はないのに、機械的にフライングを取られることになる。タイミングが「音楽的に」完璧であるほど、フライングと原理的に区別されなくなる。素人目には、酷なルールだなと思う。

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