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音楽室のJ-Pop [音楽]

gassyou_all.png一年後から高校の教科が再編されるとかで、新しい教科書の内容が明らかになった。プログラミングを習う「情報I」なる必修科目が新設されるらしい。それよりも興味を惹かれたのは音楽の教科書で、ある出版社は米津玄師の『Lemon』を譜面入りで掲載しているそうである。私が中高生だった頃は、音楽の授業といえば『浜辺の歌』に始まり『大地讃頌』で終わるような保守本流であり、J-Popが音楽室に侵入するなど想像も及ばなかった。隔世の感がある。

個人的には『Lemon』は米津玄師の楽曲中で2番目くらいに好きだが、教室向きかと考えるとよくわからない。短調で始まって長調で終わるので、楽理としてはセオリーからやや外れている。そもそもかなり暗く内向的な歌詞だから、これをクラスみんなで斉唱する光景を思い浮かべると、ちょっと痛々しい。ちなみに私が一番お気に入りの米津作品は『打上花火』だ。5音音階ベースの物憂げで美しい米津節が基調ながら、女声(DAOKO)とのデュオという特色も手伝って、音楽が変化に富んで開放感がある。でも実は『打上花火』はイントロ・Aメロからサビに至るまで、C♭ → D♭ → E♭m7 → G♭というたった4つのコード進行の繰り返しでほぼ成立している。インストのパートとか何だか往年のスティーヴ・ライヒっぽいし、ミニマル・ミュージックの遠いこだまも聴こえる。

どうせカリキュラムを再編するなら、別の教科をまたいだコラボでもやってみてはどうだろう。YOASOBIは曲が小説とタイアップしているから、国語の授業と連携できそうではないか。ただユニット名が夜遊びでは、教育的指導が入ってNGかも知れない。公民は現代社会に代わって、新たに「公共」という科目ができるそうだ。趣旨がよく飲み込めないが、人間と社会のあり方を討論も踏まえつつ主体的に学ぶ場らしい。それなら、椎名林檎と宇多田ヒカルのコラボ曲『浪漫と算盤』から、出だしの一節を教材にいかがか?音楽は椎名林檎のレトロなジャズ趣味がまろやかに熟成した絶品だが、そこに載せる彼女の歌詞がまるで漢詩のようで度肝を抜かれる。


主義を以って利益を成した場合は 商いが食い扶持以上の意味を宿す
義務と権利双方重んじつつ飽く迄 両者割合は有耶無耶にしていたい

アラフォー世代を代表するこの天才二人が意気投合するだけで奇跡のようだが、お二人は5年くらい前にも『二時間だけのバカンス』で共演している。『にじバカ』は宇多田ヒカルからの楽曲提供で、とてもチャーミングな逸品だが歌詞の内容が社会の規範からちょっぴり自由なので、たぶん教科書検定は通らないだろう。

ところで、高校で音楽を教える意味って何だろう?今さらリコーダーやピアニカの吹き方を習うわけではあるまい。数学や理科と違って、筋道だったロジックや正答もない。音大に行くのでなければ、受験にも必要ない。でも、古文で習った文法は人生で二度と思い出さないかも知れないけれど、音楽のない世界は想像もできない。RADWIMPSに『正解』という歌があって、教室と違い正解のない社会へ船出する若者を暖かく見送る、野田洋次郎らしい透明感のあるバラードだ。『Lemon』よりも高校生の感性にストンと落ちるかも知れない。つまるところ学校の音楽室は、机に向かってノートを取っても手に入らない普遍的で大切なものがあることを、心で学ぶ場ということなんじゃないか。

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