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北極圏某所にて [フィクション]

christmas_mask_santa_tonakai.png「今年も子どもたちからどっさり手紙が来ておるな。でも内容がいつもの年と少し違うぞ。『今年のクリスマス、私はなにもいりません。かわりに、コロナがなおるくすりを世界でくるしんでいる人にとどけて下さい』だとさ。泣かせるじゃないか。」
「子どもはピュアっすね。こっちの手紙も読んでみましょうか?『私は大きくなったらサンタさんになりたいです。なぜかというと・・・』」
「おいルドルフ、急に腹をよじって笑い出すとは何事だ。最後まで読んでくれ。」
「『・・・なぜかというと、一年に一日はたらくだけでいいからです。』どうします、サンタ先輩?この子を呼んで、弟子にします?」
「何もわかっとらん子どもだ。イブの晩だけ仕事して、一年間ずっと飯が食えるわけないじゃないか。オフシーズンはルドルフと一緒にFedExのバイトで密かに世界を飛び回っておるのだ。」
「いやぁ、今年は散々でしたね。ひところ世界の流通がさっぱりだったから、もう少しで契約切られるところでしたし。」
「非正規雇用のつらいところだな。この手紙の山の中にも、爪に火を灯すような窮状を綴った切実な願いは多いぞ。わしは配達が本職だから、ウーバーイーツで凌いでおったが。」
「え?聞いてないっすよ。先輩一人で行ってたんですか?ソリはガレージに置きっぱなしだったじゃないですか。」
「そりゃ、ロックダウン最中の街中でトナカイ連れてソリに乗ってたら、悪目立ちするじゃないか。普通に自転車で走り回ってたさ。ソリと言えば、今年は出番がなさそうだな。」
「あ、それ聞こうと思ってたんすけど、いつもならこの時期は崩れんばかりガレージに積まれるプレゼントの山が、影も形もなくないですか?」
「今年わしの担当は日本なんだが、問題は14日間の自己隔離だ。クリスマス前に入国したら、謹慎が解けるころには松の内が明けているじゃないか。クリスマスプレゼントどころか、お年玉にも間に合わない。」
「確かに・・・。で、どうするんです?子どもたちは楽しみにしてますよ。」
「心配いらない、もう全部手配した。クリスマスの早朝、各家庭にアマゾンで届く。」
「マジすか?手軽でいいけど、なんか味気ないっすね。」
「まあそう言うな。そもそも、時代が変わっているんだ。煙突がある家なんて今どきないし、セキュリティも厳しくなった。おまえはそそっかしいから、子供部屋に忍び込もうとしてセコムが飛んできたことが、何度もあったじゃないか。」
「え、あれ全部あっしのせい?まあいいっすけど。でもネット通販で済むようになったら、サンタクロースのありがたみって何?って話になりませんかね。」
「それはわしも気にしておる。で、こんなプロモーションビデオを作った。今まで配達中にスマホで撮り溜めた動画をつないで、サンタ目線で世界を旅する気分になれる。」
「サンタ先輩、いつからユーチューバーになったんですか?うわ、むちゃクオリティ高くないっすか、これ。きっとバズりますよ。」
「じゃろ?上手くいけば、もうFedExのバイトで老体に鞭を打たなくても食っていけるかもしれん。」
「とすると、結局あの子の言う通りじゃないですかね?」
「誰だ、あの子って?」
「一年に一日しか働かなくて楽だからサンタになりたい、って書いてきた手紙の子ですよ。」
「・・・まあ今年はその一日にゆっくりできるめったに無い機会なんじゃから、静かにクリスマス・ディナーでも楽しもうじゃないか。もうテーブルの準備はできておる。でも、その前に手指消毒は念入りに頼むぞ。手指っていうかひづめかな、おまえの場合?」
「どっちでもいいっすけど。ただ、チキンとか食えませんよ、ベジタリアンですから。」


※言うまでもありませんがこの物語はフィクションであり、実在の人物・団体とは一切関係ありません。ただしサンタ宛の手紙に関しては、実話から着想を得ています。

共通テーマ:日記・雑感

3人の旅人 [フィクション]

magari_michi.png道行く一人の旅人を、路傍のお地蔵様が呼び止めました。
「旅のお方、どちらへ行かれるのかな?」
「この道の先にある大きな街へ。憧れの都会で夢を叶えたいのです。」
「それは結構。しかしお気をつけなさい。この道を行くと、間もなく荒れ狂う大河に突き当たる。橋は今にも崩れそうだから、上手く渡りきれなければ、たちまち濁流に飲み込まれてしまうよ。」
「そうでしたか。ご忠告ありがとう。」
しばらく行くと、果たして轟音を響かせる大河に出会いました。朽ち果てそうな木橋の上を慎重に足を進め、途中あやうく足を踏み外しそうになりましたが、何とか対岸に無事たどり着きました。

しばらくして、別の旅人がお地蔵様の前を通り過ぎました。この旅人もまた、まだ見ぬ街の暮らしを夢見ていました。
「くれぐれも油断してはいけない。大河を越えるのは命がけだよ。」
「ええ、ご親切にありがとう。」
二人目の旅人は、轟々とうねる奔流に怖気付きながらも、ぐらつく橋をゆっくり渡り始めました。そして中ほどまで来たとき、腐りかけた底板をうっかり踏み抜いてしまいました。旅人はあっという間に急流に運ばれ、息を吹き返したときはどこか遠い岸辺に打ち上げられていました。背負っていた荷物をすべて失い、旅人はすっかり途方に暮れました。

そして3人目の旅人がやって来ました。お地蔵様の忠告にじっと耳を傾けた旅人は、しばし考えてからこう尋ねました。
「河を渡らないとすれば、ほかに行く道はあるでしょうか?」
お地蔵様は答えました。
「ふむ、それを訊いたのは君が初めてだ。そこに脇道が見えるかな?険しい山道に続いているが、間違いなく河を避けることができる。」
お地蔵様が指差した先には、生い茂る草木で隠れそうな小径の入り口がありました。
「なるほど。でも、この小径を行くと二度ともとの道に交わることはなさそうですね。」
「それは私にもわからない。たしかに君の目指す街にはたどり着けないかも知れない。でも、思いがけぬ新天地に導かれないとも限らない。」
旅人はまた考え込みました。やがて意を決してこう言いました。
「私は山を登る小径を行くことにします。道があるからには、きっと先に何かがあるはずだ。お地蔵様、ありがとう。」

bird_ooruri.pngところどころ行く手を遮る藪をかき分け急坂を登るにつれ、旅人はだんだん心細くなりました。やはり真っ直ぐ行って河を越えるべきだったかと気弱な後悔が頭をもたげますが、今さら引き返してもどうにもなりません。一歩一歩踏みしめるように山道を登り続けると、突然視界がひらけ、眼下に絶景が広がりました。はるか下方に大蛇の如き大河が彼方まで続き、川面の白波がきらきらと輝いています。旅人は、半ば土に埋もれた手頃な岩に腰を下ろしました。

「よくここまで登ってきたね。」
背後から澄んだ声が聞こえました。旅人が振り返ると、美しい瑠璃色の鳥が一羽、木の枝にとまってじっとこちらを見つめています。旅人は、眼下の風景を見やりこう言いました。
「本当はあの河を超えて先の街まで行くつもりだったんです。でも危険な急流だと聞いて、決心を変えました。」
鳥は枝から飛び立ち、旅人が腰掛けた脇の石にそっと降りました。
「河のむこう、道を行く人が見えるかな?無事に橋を渡りきって、先を急ぐ旅人が。」
なるほどゴマ粒のようなちいさな人影が、かすかに見えました。
「河のずっと下流のほうも探してごらん。流されてしまった別の旅人が、河辺に座り込んでいるから。」
言われるまま、額に手のひらをかざして目を凝らしました。

旅人は半ば独り言のように尋ねました。
「いったい何が違ったんだろう。橋から落ちてしまった人は、渡りきれた人より不器用で不注意だったんでしょうか。」
「いいえ。ちょっとした偶然の悪戯、ただそれだけ。」
「どうにもならない偶然のせいで、大違いですね。好運と知ってか知らずか一心に突き進む人と、己の不運を呪い続ける人と。」
「結果は正反対だったけど、運を天に任せたってことでは二人は同じ。でもね。」
鳥が石の上を数歩跳んで、旅人の顔を見上げました。
「運を操ることはできないけれど、運に操られない選択はできる。橋が持ち堪えると盲信せず、険しい山道のほうを選んだ、あなたのように。」
旅人はふと思い出しました。
「お地蔵様が私に言ったんです。他に道があるか訊いたのは、私だけだったと。」
「他の道があることに気づいたからこそ、今こうやって眼下を一望できる。だから、あなたにはあの二人の旅人が辿った顛末が見通せる。決心次第であり得たあなたの分身たちの姿をね。」

そこまで言うや、不意に鳥は飛び立ちました。一直線にぐんぐん小さくなる鳥の姿を旅人が目で追っていると、地平線の近くで何かがキラリと光ったような気がしました。ほんの一瞬でしたが、彼方の大都市に聳える摩天楼が陽光に煌めいたのだと、旅人は思いました。胸の奥がかすかにざわつきましたが、瑠璃色の鳥が言った言葉を思い返すうち、やがて不思議と温かい気持ちがじわりと心を満たしていくのを感じました。旅人はゆっくり立ち上がると、大きく伸びをして荷物を背負い、果て知れぬ道程に再び一歩を踏み出しました。

自由になりたかったヤギの話 [フィクション]

animal_koyagi.pngどこか見覚えのある古民家の母屋で、私は冷えたスイカをかじりながら板張りの廊下を歩いている。すると、開け放たれた大きな居間ごしに、縁側に座る祖父の背中を見つける。私は神棚の前を駆け抜けて祖父の隣に腰を下ろし、口の周りに引っ付いたスイカの種を手で払いながら、ニュースで聞いたばかりの小ネタを報告する。
「千葉県でね、おうちから逃げてたヤギが、とうとう捕まったんだって。ずっと崖の上を逃げ回ってたから、ポニョって呼ばれてるんだってさ。」
祖父が静かに笑って答える。
「崖の上に逃げたヤギ?そんな物語が『風車小屋だより』の中にあったな。ドーデっていうフランスの作家が書いたお話だよ。」
「どんな話?」
そう言えば祖父はフランス文学のセンセイだった、と私は思い出す。

「山の麓にスガンさんっていう独り者が住んでいてね、ヤギを飼っていたんだ。とても可愛がっていたんだけど、ヤギのほうは不満だった。とにかく自由になりたくてね。」
「で、逃げ出したの?」
「そう、逃げ出した。スガンさんはあらかじめ忠告したんだ、森には怖い狼が住んでいて、自由になった途端おまえはすぐに取って喰われてしまう。だからここにいたほうが安全だと。」
「ヤギはなんて答えたの?」
「こんなちっぽけな庭先で一生暮らすのは退屈でたまらない、とね。首尾よく逃げ出したヤギは、一日じゅう野山を駆け回り、心の底から自由の喜びを満喫した。崖の上から見下ろした美しい景色の片隅にスガンさんのちっぽけな家を見つけたときは、思わず笑い出してしまった。野生の山羊の群れに出会ったときは、美しいスガンさんのヤギにみな心を奪われて、すっかり王女さま気分さ。」
「それで?」
「そして夜が来た。ヤギはふと不安になったけど、スガンさんの狭い庭に帰るなんてまっぴらだった。夜の帳がすっかり降りたころ、暗闇から狼の遠吠えが聞こえた。気付いた時には、目の前に爛々と輝く一対の眼光が迫っていた。」
「食べられちゃったの?」
「スガンさんのヤギは勇敢だったよ。大きな狼に深手を負わされながら、何度も立ち向かっていった。なんとか夜明けまで持ちこたえられれば・・・それだけを考えて夢中に戦った。やがて地平線が白み始め、一番鶏が鳴いた。でもヤギにもう抵抗する力は残っていなかった。狼の勝ちだ。」
そこまで言って祖父は息をつく。庭の木々でクマゼミがひっきりなしに鳴いている。

「悲しい話だね。」
「ああ。でもね、これはフランスの田舎に住むドーデが、パリの友達に書き送った忠告なんだ。友人が詩を書いてばかりで貧しい有様を見かねて、大きな新聞社の仕事を紹介したのに、友人は自分から断ってしまったんだ。」
「なんで?」
「新聞社で記者をやれば暮らしは豊かになるけれど、会社の言うことには逆らえないんだよ。自分の好きな詩を書いて暮らすわけにはいかなくなる。友達は、安定より自由を選んだんだ。スガンさんのヤギのようにね。」
「詩ばかり書いていると、オオカミに食べられちゃうの?」
祖父は可笑しそうに笑う。
「もちろん、食べられたりはしないよ。でも、自分の思いを貫き通すってことは、ときに命取りになるんだ。」
祖父の優しい声色が、不意に揺らいだような気がする。思わず見上げた祖父の顔が、真夏の陽射しのせいか、セピア色に褪せていくように見える。慌ててうつむいて話の続きを待つが、祖父はそれきり黙り込んでしまう。かすかなそよ風が、そっと風鈴を鳴らす。
「もしおじいちゃんだったら、そんな時どうするの?」
祖父はやはり何も言わない。怒ってしまったのだろうか?ぎこちない沈黙が流れ、風鈴がまたチリンと鳴る。そして、祖父はほとんど聞き取れないくらいの小さな声で話し出す。

「インドシナを知ってるかい?フランスの占領下にあって、いま日本軍が戦っている。おじいちゃんはフランス語が話せるから、軍に呼ばれているんだ、戦争に協力しなさいとね。でもそれは、大好きなフランスを敵に回すことになる。そんなことは、ぼくにはできない。」
私は返す言葉が見つからない。話の内容はよくわからないが妙な胸騒ぎがして、握りしめたスイカの皮をただ黙って見つめる。
「ぼくにはね、ドーデが本気で友人を責めていたとは思えないんだ。スガンさんのヤギは、軽率で愚かな若造じゃない。ドーデは、ヤギを勇敢で信念に満ちた真っ直ぐな心の持ち主として描いたんだ。やはり、自由は何にも代えられない宝物なんだよ。とりわけ、大切なことをだいじに想い続ける心の自由はね。たとえ、どんな犠牲を払ったとしても。」
再び、祖父の声が揺らいでかすれる。今度は絶対に気のせいではない。
「犠牲って?正しいことをしているのに、どうして犠牲を払うの?」
スッと首筋を撫でる温かい風を感じて、私は顔を上げる。そこに祖父の姿はない。空っぽの縁側に降り注ぐ陽射しは、心なしか夕暮れの陰りをまとっている。クマゼミの合唱はいつの間にか途絶え、どこかでヒグラシが鳴き始めている。ずっと遠くで、お寺の鐘が鈍く時を告げる。



第二次大戦の暗い気配が色濃くなる頃、関西日仏学館に在籍した吉村道夫という仏文学者がいた。公式サイト中のページにこのような下りがある。「・・・日本の敗戦後四ヶ月にわたる復興作業ののち、戦前と同じスタッフで再開館した。ひとつの机には主が帰ってこなかった。ジロドウの若き翻訳者であった吉村が、戦争の最後の日、中国で戦死した。インドシナ占領に協力することを拒んで、召集され中国へ送られた。インドシナ占領を拒んだのは、愛するフランスに敵対して働かざるを得なくなるのを避けたのだった。・・・」

吉村道夫には二人の幼い娘がいた。先立たれた妻が女手ひとつで育てた娘の一人が、私の母である。母が他界まぎわまで自室に置いていた一葉のモノクロ写真が、私にとって祖父の面影を知る唯一の手掛かりだった。ここ何年か仕事仲間を訪ねてフランスを訪れる機会が増え、あの時代にフランス文学を志した祖父はどんな人だったのだろうと、ふと考えることがある。今日は75年目の終戦の日、75回目の祖父の命日でもある。

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