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COVID-19自由研究その3 [科学・技術]

新型コロナ陽性件数に感染経路不明の割合が増えています、と最近よく聞く。裏を返せば当初は陽性患者の感染経路を全て把握できていたことになるが、そもそも経路が見えた人を中心に検査に回していたのだから、当然と言えば当然だ。集団感染者(クラスター)を丁寧に辿って感染拡大を封じ込めるというのが日本の対策で、水際作戦として成功すれば効率的だが、調査のマンパワーが限界を超えればいずれ立ち行かなくなる。最近になって経路不明の感染が広がり始めたと言うより、もともと見ていなかった感染実態がようやく視野に入ってきた側面もあるのではないか。夜更けの暗闇で鍵を失くした酔漢が街灯の下ばかり無為に探し回る例え話があるが、クラスターという灯りを追っていれば鍵が必ず見つかっていたフェーズは、既に過ぎていたのかもしれない。

3蜜が爆発的感染拡大の温床だということは散々聞いたのでよくわかったし、集団感染の事例ごと接触者の洗い出しに地道な聞き取りを続けてきた努力には頭が下がる。だが、クラスター潰しを積み重ねれば事態を掌握できるという専門家の希望的観測と、経済的ショック療法に慎重な政府の思惑が何となく共鳴してしまい、緊急事態宣言がここまで遅くなったと言うのは邪推が過ぎるか。「ここ1、2週間が瀬戸際」と言われてから優に1ヶ月が経ち、「ギリギリ持ちこたえている」状況が連綿と続き出口が見える気配は薄い。見せ場をCM前後で引っ張り続ける昼ドラのようである。

中国や欧米で起こった悲劇が日本にも迫っているのではないか、とよく危惧される。以前このブログで各国の致死率(総感染者数に対する総死者数の比)の推移を比較したが、直近のデータで改めて現状を見てみたい。COVID19-mortality.png国内の統計は東洋経済ONLINEが厚労省の報告を集計したデータを、外国についてはECDC提供のデータを用いた。右図は3月1日から4月8日まで7カ国分のプロットである。じりじりと上昇を続け12-13%に迫るイタリアの致死率はここ一週間くらいでようやく減速の兆しが見えたが、少し遅れてフランスと英国が追いつかんばかりの勢いである。よく知られるようにドイツの致死率は現時点でも2%に満たない低水準に留まるが、よく見ると少しずつ上昇傾向が続いている。いったん1%近くまで低下した米国の致死率は3月下旬から緩やかな増加傾向に転じ、今では3%を少し超えた。日本はと言うと奇妙な凸凹カーブを描いて一時4%近くに達したが、東京の感染急拡大が見え始めたあたりから致死率は減少を続け、2%程度に落ち着きつつある。

日本の致死率低下については最後に論ずるが、この日本の減少カーブは特異で、他のどの国も遅くとも3月後半には感染拡大と並んで致死率が増え続け現在に至る。致死率上昇を単純に解釈すると、感染者全体の増加率より死者数の増加率が早いことを示唆し、不穏な兆候に見える。しかし、陽性判定が出てから重篤化して亡くなるまでに多かれ少なかれ時間がかかることを突き詰めて考えると、致死率の上昇はむしろ統計的に必然の帰結かと思い至った。よく倍々で感染者が増えると脅かされるが、諸外国では各国の対策の成果もあってか感染拡大のスピードは徐々に鈍りつつある(後述)。しかし死者数は少し前の記憶を引きずるので、分子(死者数)は分母(感染者数)より増大鈍化が絶えず遅れる。最終的に感染拡大が止まるまで、このずれは続く。ちょっと粗っぽいが短い数学的解説も用意したので、ご興味のある方はこちら(PDF)を(高校数学の基礎知識で十分)。

感染拡大率(一日あたりの新規感染者数を総感染者数で割った値をこう呼ぶことにする)の推移をプロットしてみると、興味深いことがわかる。COVID19-growth.png新規感染者数は日によってばらつきが大きいので、(軽く移動平均をかけているものの)分母が小さいうちは統計ノイズが目障りだが、全体として欧米諸国はいずれも減少カーブすなわち感染拡大の緩やかな鈍化傾向が見られる(とくに3月下旬以降はっきりしてくる)。減少カーブはどの国も似ていて、注目すべきはドイツの感染拡大率がイタリア・フランス・英国のカーブと仲良く並んで推移していることで、致死率で見られた対照と様相がかなり違う。つまりドイツは他の欧州諸国並みに感染拡大が速いにもかかわらず、顕著に低い致死率を堅持している。ドイツが世界トップクラスの検査件数をこなしている背景もあるかと思うが、(先週も触れたように)医療崩壊を防ぐ独自の取り組みが功を奏しているものと思われる。同じく戦略的に医療崩壊の危機を回避した韓国は、3月中旬には感染拡大率がゼロに近いレベルに低下し、収束に向け一歩先んじているようである。

さて日本の感染拡大率の推移を見ると、3月いっぱいは欧米諸国に比べてかなり低い水準を維持していたことがわかる。感染拡大率は定義上R0(1人の患者が感染させる人数の目安)と連動している。専門家会議(PDF)が算出した東京の3月下旬のR0は1.7で、海外の調査で出ている2.5といった数値を下回っており、実際に日本の感染拡大は諸外国に比べ遅い。3月初旬から中旬にかけて拡大率はいったん減少傾向にあるが、3月後半から再びじわじわと上昇を始めた。この逆さ富士グラフは基本的に致死率の山型カーブをひっくり返した形であり、上で述べたように陽性判定から死亡までの時間差が生み出す統計効果として説明がつく。

上図で示した7カ国の中で、3月下旬から4月にかけてなぜか感染拡大率が上がり続けている唯一の国が日本である。4月に入って拡大率が一日当たり10%に達し、感染拡大が鈍化してきた欧米諸国を逆に凌ぐかという勢いだ。それでも日本は欧米主要国に比べ感染者の母数が桁違いに少ないので、新規陽性の絶対数は多くないが、感染拡大率が増すということは指数関数的増加が加速しつつあるわけで、都知事が危機感を募らせるのには相応の根拠がある。感染拡大の原因が自粛疲れの緩みなのか、検査数の広がりでそう見えているだけなのか今後検証が必要だが、その見極めを含めて緊急事態宣言の効果が今後どうデータに現れてくるか注視したい。

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