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下げ止まり [科学・技術]

graph_down.pngコロナ感染者数が減少を続け、首都圏4都県を除き緊急事態宣言が解除されることになった。一方、ここのところ感染者数が下げ止まりだとかリバウンドの恐れとか、慎重論も根強い。2月はじめ頃だったか、週ごとの感染者減少率を7割以下にという目標を小池都知事がブチ上げた。しばらくはシナリオ通りで万事順調かと思われたが、だんだん雲行きが怪しくなってきたようである。

ウイルスは感染者との接触を通じて広がり、感染後しばらくすると体内からいなくなる。この理屈を極力シンプルに数式化すれば、
dN/dt = aN - bN
のようになる。Nが感染者数、tは時間、aは感染しやすさ、bは回復の早さだと考えてもらえばいい。いちばん初歩的な微分方程式で、解は指数関数になる。a > bのとき感染は加速度的に広まり、逆にa < bであれば収束していく。後者の傾向が順調に続くなら7日ごと7割減少の達成は手堅い、という期待が都知事サイドにあったのではないかと想像するが、現実には下げ止まリの兆候が出た。自粛疲れで対策の緩みを指摘する専門家(や非専門家)が多いが、本当にそうなのか?

新型コロナの特徴は、無症状の感染者が少なからずいることだ。自覚症状がなくクラスター追跡にも引っかからない感染者は、行政検査の俎上に乗る可能性は低い。これを勘定に入れるには、上の式にすこし手を加えないといけない。
dNo/dt = a(No+Nx) - bNo
Nの後ろにoとxがつているのは、検査の有無を表す。NoはPCR検査で陽性が確認された感染者数、Nxは検査外の無症状感染者数のことだ。後者はデータに載らないので左辺には現れないが、感染源として効くので右辺第一項に含まれる。a > bのときは元の式と同様に指数関数的な感染拡大をもたらすが、a < bの場合は少し違う。話を簡単にするため仮にNxを時間に依らない定数とすると、Noは減少するもののゼロには向かわず、時間の経過とともに正の一定値=aNx/(b-a)に漸近する。つまり、ある定常状態に達して下げ止まるのである。

こんなシンプルな方程式で感染状況の再現が正確にできるわけでは、もちろんない。無検査の感染者数が定数としたのは簡略化しすぎで、新規陽性者が増えれば、検査の網にかからない無症状感染者も連動して増加するに違いない。ただしここで注目したいのはむしろ感染が落ち着いてきたフェーズで、波が引いたあとも見えない感染源が背景ノイズのように効いていることを示している。実は、それらしき現象を私たちはすでに経験している。

以前書いたが、昨年9月から10月にかけて2ヶ月ものあいだ、国内のコロナ感染者数は日々500人前後で横ばいを続けていた。その理由にあまり満足のいく説明が思いつかなかったのだが、上の話に照らして考え直すと、第二波後の感染縮小が下げ止まって準定常状態に到達していたと捉えることもできる。無症状で検査ルーチンに乗らない感染者が薄く広く社会に浸透している限り、新規陽性者をじわじわ産出する。だから、いつまでも毎週7割ずつ感染者が下がり続けることを期待してはいけない。

強力なロックダウンを実施しない我が国では下げ止まりは不可避の結果であって、小手先の行動変容ではたぶん解決しない。低止まりに収まっている以上、それはそれで仕方ないんじゃないか。年度末に向けて送別会など各種行事のシーズンとなり、下手をすれば再びa > bとなって「ぶり返し」が始まる恐れは確かにあるが、下げ止まりを気にしすぎると、首都圏の緊急事態宣言が解除できる日は永久に来ない。

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