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チャレンジ [語学]

dictionary.png菅総理とバイデン大統領の初顔合わせが、つつがなく終了した。中日新聞の一面記事を読んでいたら、会談後の会見でバイデン大統領が「東シナ海や南シナ海の問題で中国の挑戦を受けて立つ」と強調したとあり、びっくりした。挑戦を受けて立つなんて挑発的なことを、首脳の共同会見で普通言うだろうか。もともと発言が不安定で周辺をヤキモキさせていたバイデンさんが、ついにトランプ化したかと思わず戦慄したが、大統領が実際に言ったフレーズを確認すると「take on the challenges from China」である。「中国の挑戦に対処する」とか「中国がもたらす難題に取り組む」くらいが適当なニュアンスではなかろうか。

もし「take up the challenges」だったら、進んで挑戦を受ける響きがあったかもしれない。一方「take on」は、売られた喧嘩を買うトーンは控えめではないかと思う。それに加え、英語のchallengeは和製英語で言うチャレンジ(挑戦)と少し違う。ボクシングの挑戦者は確かにchallengerと言うが、英語のchallengeは必ずしも試合や決闘のような対立の構図を前提にしておらず、一筋縄ではいかない厄介な問題全般の意味で広く使われる。政策決定や科学技術の現場で、解決を要する重要課題をgrand challengesなどと呼び、努力目標を可視化することがよく行われる。

ついでに言えば、「新しいことにチャレンジする」と言うときのチャレンジも誤訳を誘発しやすい。例えば格式高い茶会に招待されてビビる外国人に「Challenge it!」と言っても、多分通じない。下手をすると、茶を愛でる文化風習に意義を申し立てよ、みたいな意味合いになって、言われた方はますます引いてしまうだろう(正しくはたぶん「Give it a try」あたりが無難か)。

「mentally challenged persons」や「physically challenged persons」という表現があって、それぞれ知的障碍者・身体障碍者のことである。最も標準的な表現はおそらく「persons with intellectual/physical disabilities」だが、それよりやや持って回った語感か。日本語のチャレンジ感覚では絶対に出てこないニュアンスである。この延長で「vertically challenged(小柄な)」「horizontally challenged(太めの)」「socially challenged(引っ込み思案な)」など、悪ノリに近いジョークも含め無数の応用例が存在する。

〇〇challengedという言い方は、基本的にはあたりの柔らかい婉曲表現である。しかし裏を返せば、心身能力や体型や性格に関する社会的標準を暗に設定し、標準からのズレを揶揄する上から目線のニュアンスも感じる。多様性を重視する昨今の価値観からは、むしろ逆行しているのではないか。そのうちナントカchallegedという言い回しそのものがchallengeされて、徐々に使われなくなっていくかも知れない。

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