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砂上の楼閣 [政治・経済]

beach_suna_oshiro.png内閣官房参与の髙橋洋一氏が、『この程度のさざ波で五輪中止か笑笑』のようなツイートをして炎上した。日本の人口あたりコロナ感染者数が世界と比べ低いことは周知の事実で、今さら教えてもらうまでもない。しかし本当の問題は、「さざ波」が打ち寄せるだけで日本のコロナ医療が浜辺の砂城みたいに崩れ始めることじゃないのか。

髙橋洋一氏が5月3日付で現代ビジネスに寄稿した記事(ここ)があり、これがツイートの元ネタのようである。読んでみるとなかなか楽しい。記事冒頭で例の「さざ波」に言及した後、医療崩壊の問題に触れている。髙橋氏によると、昨年度の予備費10兆円を元に病院への支援を試みたが「昨年の1、2次補正予算後、新型コロナへの備えについて関係者(地方自治体、地方医師会など)の間で油断があった」せいでコロナ病床が増えなかった、と断定している。要約すれば、政府はカネを配ったのに自治体や医療が改革をサボっていたのが悪い、という言い分のようである。それが本当なら、そのカネはいったい何処に消えたのだろう?

そのあとワクチンの話題が続く。「ワクチンの供給は原則として感染の拡大が深刻な国・地域から行われている。データ入手可能な世界84ヶ国で日本は71位と下位であるが、感染度合を加味すると、日本は45位で平均的だ」そうである。どういう計算でそうなるのかはさておき、84カ国中45位で真ん中辺だから平均的というのは、平均値と中央値の区別すらおぼつかないご様子である。そもそも、ワクチン供給が感染拡大の深刻な国や地域から行われているとは、なかなか牧歌的な分析だ。自国生産できる国がワクチン市場で優位を維持し、そうでない国との熾烈な駆け引きが連日報道されているのは、気のせいか。接種が進むイスラエルや英国などが一抜けの様相を見せる反面、我が国は緊急事態宣言の対象地域が再び拡大している。「平均的」などと胸を張るお気楽さが微笑ましい。

記事後半で髙橋氏は、憲法に緊急事態条項のない日本では私権制限ができず、緩い規制にとどまらざるを得ないというのはお決まりの議論を展開する。それはそれで良いのだが、結局「私権制限もできないながら、新型コロナの感染者数などは先進国の中で優秀だ」と結んでいる。そこが落とし所なら、日本には私権制限など別に必要ないという話になるはずで、論理が混乱している。緊急事態宣言がスカなのに感染者数が国際標準より少ない理由は、突き詰めればファクターXの話であるが、肝心な真相の究明について問題提起すらしない。

最後は経済の話で、「先進国の中で、財政支援を横軸、経済落込みを縦軸にすると、財政支援が大きいほど経済落込みが少ないことがわかる」と始まる。そのプロットがこれ(記事中のリンク)だが、注釈を見ると横軸の財政支援の定義は「Additional Spending対GDP比/(Additional Spending対GDP比+2020年度第四四半期の前年比減少額)」とある。私は経済の専門知識がないので式の意図がよくわからないが、数学的には分母第二項が0に近い(第四四半期の落ち込みが少ない)ほど自動的に100%に近づく(財政支援が大きくなる)仕組みになっている。だから高橋氏の見立て(財政支援が大きいほど経済落込みが少ない)は、ご本人が採用した数式の建て付け上アタリマエであって、特段なにも意味しない。

「データに基づきながら、世界の中の日本を見てみよう」という言葉で高橋氏の記事が始まっているが、データを活かすも殺すもそれを分析する人次第である。数字は客観的でも解釈が恣意的では台無しだ。コロナ禍が始まって以来、政策決定の現場におられる方々のデータ分析力に不安を覚える機会が増えた。まずは彼らのサイエンス・リテラシーを向上させることが、砂上の楼閣さながらのコロナ医療体制を救済する第一歩のように思う。

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