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番外編:これは戦争ではない [社会]

緊急事態宣言を出したときの総理もそうだったが、ウィルスを「見えない敵」と形容する人がいる。よく考えると奇妙な比喩だ。敵と言えば必ず悪意を持って襲ってくるものだが、ウィルスに悪意も善意もなく、その意味で自然災害に近い。時に多くの犠牲者を出す地震や台風を「敵」と表現する人はいない。なぜウィルスだけを敵視するのか?

感染病は震災や気象災害と違い、被害の程度や広がりが人間の行動に大いに左右される。だから、政府が社会活動を大規模に制限せざるを得ない。その時、ウィルスを自然災害と見るより仮想敵と位置づけたほうが、人心引き締めに効果が高い。外敵の脅威がすぐそこに迫っているとき、人は進んで結束するからだ。フランス大統領は演説で(公衆衛生上の)戦争を宣言し、アメリカ大統領はもっと露骨に自らを戦時の大統領になぞらえた。

シュタインマイヤー・ドイツ大統領が、イースター(キリスト復活祭)にあたり国民へビデオ・メッセージを発表した。新型コロナ拡大に立ち向かう覚悟を呼びかける点では他の国家元首と向いている方向は同じだが、一つだけ違ったのは「これは戦争ではない」と明言したことだ。戦争は国と国との争いだから、戦時に人々は強い国家を望み、その統制のもとに集結する。しかし感染症は国を区別しない。シュタインマイヤー大統領のメッセージは、自己中心的に閉じていく社会と人道的に開かれた社会との二者択一を迫り、国境を超えた自発的連携を私たちに呼びかける。

ドイツの大統領は、政治的な実権を持たない。かつてワイマール憲法のもと絶大な権力が与えられた大統領制がナチの暴走を許した歴史的反省から、第二次大戦後は権限が大幅に制限され半ば象徴に近い国家元首である。だからこそ、いかに未曾有の感染症から人々を守るためとは言え、戦時を騙って人心を掌握することに異を唱えたのかもしれない。英語の副音声を当てたDWニュースの動画が視聴できる(残念ながら日本語版は見つからなかった)。