SSブログ

ウイルスは人種を差別するか? [科学・技術]

ミネアポリスで白人警官に取り押さえられた黒人男性が死亡した事件を受け、抗議活動がたちまち全米に広がった。デモ隊が復唱する「I can't breathe(息ができない)!」は、被害者の悲痛な訴えであると同時にコロナがもたらす閉塞感に喘ぐ人々の叫びを代弁している。不自由な毎日ではち切れそうなフラストレーションが、人種差別への憤りをきっかけに決壊し溢れ出たように思われる。

ところで、米国では黒人の新型コロナ死者数が突出して多い、という指摘がある。バス運転手など人との接触が避けられないエッセンシャルワーカーに黒人が多いとか、貧困層が多く医療へのアクセスが限られる、といった定番の分析が続く。人種格差の存在は紛れもない事実とは言え、コロナ死亡率との因果関係は推測の域を出ない。そもそも、人種ごとに死亡率を算出する根拠が曖昧な記事が多い。そこで、自分で一次データに当たってみることにした。

米国CDCが提供するデータ(5月28日時点)をもとに、人種ごとの人口割合と新型コロナ死者数割合をプロットしてみた。COVIDdeaths_races_nocorr.png各州(及びニューヨーク市、ワシントンDC、全米平均)の統計が■や▲一つひとつに相当する。仮にある州のある人種が人口の30%を構成し死者数でも30%程度を占めるとすれば、人口相応の死亡率ということになる。その数値が乖離していればいる程、特定の人種に死亡率が偏っていると考えられる。白人(水色■)については、回帰直線がほぼ対角線をなぞりデータは概ね対称にばらついているので、全体として偏りは小さい。一方、黒人(黄色▲)のデータは対角線より左上側に偏って分布しており、人口に占める比率に照らし死者数の割合が過剰だ。これが、黒人のコロナ死亡率が不釣り合いに高いと言われる所以である。

ところがCDCは、このような分析には落とし穴があると警告している。同じ州内でも、地域によってコロナ死者数に差がある。たぶん3密が起こりやすい都市部ほど、感染リスクは高い。さらに、地域によって人口の人種比率もちがう。以前コロラド州の片田舎に住んでいたので実感があるのだが、南部諸州を除くと米国のマイノリティ人口は都市部に集中しており、周縁部ほど白人率が高い(ヴァージニア大学のサイトでひと目でわかる)。だから人口データを単純平均するだけでは、コロナの犠牲者が集中した地域の人種比率を正しく反映していない可能性がある。人口構成の地域差を補正した上で分析すべきだという立場から、CDCは郡(County=市より大きく州より小さい行政単位)ごとのコロナ死者数で加重平均した州別人口データを提供している。

補正人口データを使って横軸を作り直した図が、2枚目のグラフである。COVIDdeaths_races_corctd.png先の散布図では左上に偏っていた黒人のデータは、補正後は白人データと同様にほぼ対角線付近に集中している。つまり、黒人層の死亡率が突出して見えていたのは人口統計の扱い方のせいであり、コロナ感染の地域差を考慮すれば白人と黒人の間の格差は小さい。もちろん、個々のケースを見れば格差が見える場合もある。ワシントンDCは黒人人口比率45%に対して黒人死亡者割合が75%と、明らかに人口あたり黒人死亡者数が多い。逆に、警官による死亡事件があったミネソタ州では、黒人の補正人口比率が13%に対してコロナ死亡者数割合が6%とむしろ少ない。統計ノイズに加え州や都市ごとに背景事情があり、一つひとつ丁寧に突き止めるのは困難だが、虚心に統計を眺める限りコロナウイルスは必ずしも露骨な「人種差別」はしていない。

もう一つ注目すべき点は、ヒスパニック系(緑色●)のデータが対角線から右下側に集中していることである。回帰直線も明らかに傾きが寝ている。つまり、ヒスパニックは白人や黒人に比べコロナで亡くなる率が低い。全米の人種別平均所得はヒスパニックは黒人より高いが白人よりは低いので、コロナ死亡率は一概に社会格差では説明できない。ヒスパニックは若年層が占める人口比率が他の人種より高いことが関係しているのかと推測するが、結論を下すには踏み込んだ分析をする必要がある。

新型コロナと人種の関係は自明ではないし、地域によっても違う。貧困層ほどコロナの脅威に脆弱だといった一見もっともらしい解説は、事実の一面しか捉えていない。木を見て森を見ずという諺があるが、コロナという森は深く巨きく、その全貌を私たちが理解する日はまだ先のようだ。

共通テーマ:日記・雑感