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モノリス出現 [その他]

landmark_monolith.png米国ユタ州の荒野でビッグホーンシープ(大角羊)の群れを調査していた当局のヘリが、そこにあるはずのない奇妙な人工物を発見したのは11月18日のことだった。成人男性の背丈を優に超える三角柱らしき構造物が、赤茶けた岩壁を背に凛と屹立している。断面形状と金属的な質感を別にすれば、その佇まいは『2001年宇宙の旅』に登場する漆黒のモノリスを思い起こす。その正体をめぐりネットがざわつく一方、ユタ州当局は許可なく構造物や芸術作品を公有地に設置することは「どの惑星から来た者であろうと」違法行為であると念を押した。

そそっかしい野次馬が砂漠で遭難することを危惧し、当局はモノリスの所在地を公表しなかった。ところが、どなたかがヘリの飛行経路データから着陸地点を割り出し、地図の地形と空撮画像を見比べモノリスの正確な位置座標を特定してしまった(BBCの記事に詳しい)。2015年夏には存在しなかったモノリスの影が、2016年秋の画像にはっきり写っている(現在もGoogle Map上で影を確認できる)。4年以上もの間、モノリスは誰にも発見されぬまま立ち尽くしていたわけだ。未踏の地が失われて久しい日本ではにわかに信じがたいが、広大なユタの砂漠はその大半が人の寄り付かぬ原野であり、これほど目立つ異物が誰にも気付かれないまま4〜5年の歳月が流れてもさして不思議ではない。

ネットで暴露された緯度経度をもとに、第一発見者の州職員に続く最初の訪問者が現地に到着したのは、23日の当局公式発表からわずか2日後だったという。その後、続々と現場を訪れる物見高い見物人がインスタを賑わせ始めた。折しもアメリカは感謝祭の休暇に入りつつあったが、コロナの今年は異例の閉塞感に包まれていたから、奇矯なアーティストの作品か未知の知的生命体の置き土産かはともかく、モノリス巡礼がつかのま非日常の小旅行を楽しむ絶好の機会を提供したのかと想像する。ところがそれから間もない27日夜、モノリスは忽然と姿を消してしまう。行政執行で撤去されたかとの観測は、州当局が即座に否定した。誰がモノリスを持ち込み誰が持ち去ったのか、さまざまな憶測や証言が飛び交ってはいるものの、現時点では依然として謎である。

アーサー・C・クラークが1951年に発表した短編に『The Sentinel(前哨)』という佳作がある。筋書き自体は、地質学者が月面探索中に小さなピラミッド状の建造物を発見する、というだけの近未来SFだ。しかしこの作品の魅力は、生命の痕跡のない月面に場違いな物体が何のために存在するのか、その問いに答える深遠で壮大な想像力だ。太古の昔に太陽系を訪れた何者かが、地球にいつか知的生命が生まれ文明を謳歌する可能性を予見し、月面にピラミッド型の自動通信装置を設置する。やがて人類の粗暴な好奇心によりピラミッドが破壊されたとき、数十億年にわたり発信され続けてきた信号がついに途絶える。その異変により、「彼ら」は宇宙飛行すら可能にした新しい文明の開花を知る。月面で発見されたピラミッドは、そんな途方もなく気の長い仕掛けが施されたある種の警報機である、と『前哨』の語り手は推測する。人類をはるかに凌駕する究極の知性の痕跡を描いたこの詩的で美しい作品がキューブリック監督の目に止まり、『2001年』を生むきっかけとなったことはよく知られている。

キューブリックのモノリスが人類をさらなる高みへいざなう進化への畏怖を象徴していたのに比べ、広島と長崎の惨禍から間もない頃に書かれた『前哨』には、世界を破壊し得る力を手にした人類の将来への不安感がかすかに漂う。それから半世紀以上を経た今、私たちはどのような「進化」を遂げただろうか。全面核戦争で世界が破滅することはなかったが、かと言って大国どうしが手に手を携え世界平和に邁進する気配もない。奇しくもユタ州のモノリスはトランプ政権誕生の少し前に人知れず出現し、トランプ大統領の退陣を見届けるかのように姿を消した。もしそれが人類を宇宙から見守る超知性の仕業だったとするなら、いつまでもやんちゃで未熟な子供をハラハラしながら見守る親のような心境なのではないか。

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