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目の前のリスクと将来のリスク [社会]

昨年夏の第5波のさなかに書いたブログの末尾で、こんなことを書いた。
ワクチンが怖いという人は、沈没する船から救命ボートに飛び移るとき、足が滑ったらどうしようと尻込みするのに似ている。ボートの脇で海に落ちても、たぶんすぐに誰かが助けてくれる。しかし飛び移る勇気が出ないまま沈みゆく船と運命を共にするなら、その限りではない。
目の前の小さなリスクと将来の大きなリスクを比べたとき、どちらを切実に感じるか、という話である。

ハナ・ホルカというチェコのフォークシンガーがコロナで亡くなった。ワクチンは打っていなかったそうである(BBC記事)。夫と息子は接種を完了していたが、その二人がクリスマスの時期にそろってブレイクスルー感染した。本来なら一週間ほど二人と接触を断つべきであったのに、彼女は敢えて一緒に過ごし続けた。コロナに罹った家族に寄り添いたい気持ちもあったかもしれないが、実は自ら進んで感染を望む確信犯であった。チェコでは、ワクチンを打つか直近の感染歴がないと映画館にもバーにもカフェにも入れない。彼女は、ワクチン接種よりも感染する選択肢を選んだのである。果たして彼女はコロナに感染した。快方に向い今後は劇場にもコンサートにも行ける、とSNSに書いた二日後、自宅の寝室で世を去った。まだ57歳だった。

chinbotsusen.png一連の顛末を語っているのは、彼女の息子だ。母はマイクロチップ説みたいな陰謀論の信者ではなかった、ただワクチンを打つよりコロナに罹るほうがまだマシと考えていた、と彼は言う。ワクチンに否定的な意見の中には、他人から押し付けられることへの反感と未知のものを体に入れる恐怖心という二種類のパターンがあって、ハナ・ホルカさんはどちらかというと後者のケースだったように思われる。救命ボートに飛び移るリスクを過大評価し、沈みゆく船と運命をともにするリスクを過小評価した。ホルカさんの息子は母を説得しようにも感情的な言い争いになるだけでどうにもならなかったそうだ。それでもなお救える道はなかったのか、と息子は自問自答を続けているかもしれない。彼の心中を思うと胸が詰まる。

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