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雛壇の楽屋にて [フィクション]

hinamatsuri_hinakazari_set.png囃子(謡)「皆の衆、久しぶりだな。ん、なんだこの微妙な空気は?笛、どうした暗い顔して。」
囃子(太鼓)「お前、聞いてないのか。今年は三密回避とかで、俺たち全員は雛壇に乗れないんだとさ。」
囃子(笛)「嫌な予感はしてたんだけどさ・・・。去年はどこの祭りも中止ばかりで仕事さっぱりだったし。でも、ひな祭りもダメ出しなんて・・・。」
囃子(小鼓)「鼓のぼくらは黙々と叩いてれば飛沫リスクがないから、出ていいらしいんだけど。でもパーカスだけでパコパコお囃子やっても、様にならないよね。」
囃子(太鼓)「俺たちの前を一列空けてもらえれば、笛もいけるんじゃないかと思ってさ。それとなくマネージャーに言ってみたんだけど、渋い顔されたよ。」
囃子(大皮鼓)「前の列って言えば、大臣二人か?右大臣はいいやつだけど、左大臣はちょっと偏屈だしな。」
囃子(笛)「あの左大臣にネチッと言われたよ。菱餅とか食い物が並んでいる目の前で唾飛ばすのか?ってさ・・・」
囃子(謡)「左大臣のじいさん、確かに口悪いけど、根は悪い人じゃないよ。俺は席が近いから、残った雛あられこっそりくれたこともあるし。」
囃子(大皮鼓)「要は食べ物くれるのが良い人ってことか。わかり易いやつだな。」
囃子(小鼓)「ぼくは、背後の官女たちのほうが苦手なんだけど。とくに真ん中の人、見るからにお局っぽくてさ。ぜったい陰で仕切ってるよね。」
囃子(太鼓)「三人官女もソーシャル・ディタンシングで二人にしろとか言われて、誰を外すかで相当揉めてるらしいぞ。どうなるか見ものだな。」
囃子(謡)「例年どおりに乗れるのは、最上段のカップルだけってこと?あ、噂をすれば・・・」
女雛「あら、5人で何コソコソ話してるの?」
囃子(太鼓)「これはこれはお姫様。ご機嫌も麗しく。」
女雛「もちろん、気分はいいわよ。今年はあいつとの間にアクリル板立ててくれるって言うし。」
囃子(小鼓)「あいつってお殿様ですか?嬉しいんですか、仕切りがある方が?」
女雛「あいつ、なんかキモいのよね。やたら話しかけてくるし、『お殿様とお姫様、仲睦まじいわねえ』とか誰かに言われたときなんて、調子に乗って手握ろうしてきたのよ。単にお仕事で並んでるだけなのに、勘違いしてるんじゃないかしら。」
囃子(太鼓)「そんなご苦労があったとは。うちらは、人員削減で困ってるんですよ。」
女雛「あら、生バンドのメンバーが欠けたら盛り上がらないわね。あたしからもマネージャーに言っておくわ。じゃあね。」
囃子(太鼓)「ありがとうございます。・・・さて、うちらもそろそろ出番だ。とりあえず3人でスタメンやるしかないが、もし5人集合の許可が出たら後から合流してくれ。」
囃子(謡)「いよいよか、腕が鳴るな。ん、いま3人って言った?笛とあと1人ベンチ組がいるってこと?」
囃子(大皮鼓)「謡、お前だよ。笛がダメなのに、ボーカルが出られるわけないじゃないか。」
囃子(謡)「え?え?聞いてないよ。俺もこの一年ほとんど仕事なかったから、久しぶりで嬉しくて、すごい張り切ってコソ練してきたのに。」
囃子(太鼓)「悪いな、いろいろ手を尽くしたんだが、当面どうしようも無い。では行くぞ。あ、これはこれはお殿様、一足お先に失礼します。」
男雛「よう、久しぶりだな。ところで見たか、愛しい姫とこの私を隔てるあの忌々しい透明板を。いくらコロナ禍とはいえ、ずいぶん無粋な計らいじゃないか。桃の節句といえば姫とこの私こそ・・・おいおい聞いてるか、そんな逃げるように出て行くなよ。おや、笛と謡、お前たちは出ないのか?」
囃子(笛)「(ため息)今年は管楽器と声楽はNGらしいです。」
男雛「それは気の毒なことだな。おお、そうだ!お前たちにあのアクリル板をくれてやろうか。そうすれば五人囃子揃って並ぶのを許されるかもしれんぞ。姫もあんな邪魔物は迷惑がっているに決まっている。」
囃子(笛)「えっと・・・有り難いお言葉ですが、私どもは自力で何とかいたしますので、どうかお気遣いなく。」
男雛「そうか。まあ、この私にできることがあれば、何でも言ってくれ。じゃあな。」

囃子(謡)「(ヒソヒソ声で)何で断るんだよ!せっかく渡りに船のチャンスだったのに。」
囃子(笛)「脳天気なやつだな。お姫様の身になってみろよ。」
囃子(謡)「みんな、お姫様びいきだな。俺は、お殿様がそんなひどい人だとは思わないけど。」
囃子(笛)「お前が殿様派とは知らなかったよ。何か恩義でもあるのか?」
囃子(謡)「恩義っていうか、普通にいい人だよ。ずっと欲しかった菱餅のピンク色のとこ、分けてくれたことあったし。」