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梅雨どきの夕焼け [科学・技術]

sora_yuuyake.png梅雨のさなか、ジメジメした日が多い。でも、雲の合間からふと陽が差して美しい虹が立ち昇ったりとか、雨の多い時期ならではちょっとしたイベントにも巡り合う。そんな季節柄のせいか、先日TVニュースのお天気コーナーで「今日の夕焼けが綺麗だったのは豊富な水蒸気のおかげです」のような解説が飛び出し、びっくりした。いつからそんな俗説がまかり通っているのか。調べてみると、ウェザーニュースのサイトにイラスト付きでそんな解説があり、ご丁寧に「水蒸気により光線が散乱される」と説明が入っている。他にも、湿気た日は夕焼けや朝焼けが美しいと断言するサイトがちらほら見つかった。もしこれが試験の解答だったら、0点ではないにせよ大幅減点は免れない。

太陽光が地球大気を通過するとき、ビリヤードのブレイクショットのように大気を構成する分子に散乱される。散乱体が光の波長よりうんと小さい場合はレイリー散乱と呼ばれ、青や紫のように波長の短い光ほど強く散乱される特徴がある。そのおかげで日中の空は青く見え、逆に大気を斜めに延々と通過する過程で最後まで散乱されず残った赤い光が、夕焼けや朝焼けの色として私たちの目に届く。ここまでは、大抵のサイトで正しく解説されている。

しかし大気分子の大半は窒素と酸素なので、夕陽の色を演出する立役者も基本的には窒素分子と酸素分子である。水蒸気ももちろん太陽光を散乱するが、大気中で水蒸気が占める割合は体積比でせいぜい数%に過ぎない。水蒸気量の高低があっても2%が3%になるかといった程度の微小なブレに過ぎず、目に見えて夕焼けの色が変化するとは思えない。ウェザーニュースのサイトは信頼できる情報源として利用する人も多いと思うので、老婆心ながらイラストと解説を修正しておいた方が良いのではないか。

米国のメディアがアメリカ海洋大気庁(NOAA)の専門家に取材した解説記事が面白い(Why sunsets are better in the winter)。なぜ夕焼けは冬のほうが素晴らしいのか、というお題だが、空気が「乾燥」していることをその要因の一つに挙げている。大気中にはエアロゾルと呼ばれるチリ各種が漂っているが、親水性のエアロゾルは水分を含むとブクブクと膨れる。エアロゾルも分子同様に太陽光を散乱するのだが、レイリー散乱が成り立つのは粒子が小さいときだけで、粒子が光の波長より大きくなると散乱時に色を選別する作用が弱まる。湿気た大気はチリの粒を太らせる結果、むしろ夕焼けの赤色を濁らせてしまうのである。だから実際には、水蒸気はむしろ夕焼けの邪魔者ということになる。

雲や雨の水滴は可視光の波長よりずっと大きいので、特殊な観測条件が整ったときだけ出現する虹のような光学現象を別とすれば、基本的には雲粒や雨粒は散乱光の色をまったく選別しない(だから雲は白く見える)。従って雲粒自体に夕焼けの色を強める効果はないが、夕空に雲が適度にかかっていると、赤い陽射しを照リ返し絶妙な夕焼けを演出する。湿った大気ほど雲が発生しやすいとすれば、間接的な因果関係としては水蒸気が多いと夕焼けがドラマチックになる、という議論も一応は成立する。

そもそも、どんな夕焼けを素晴らしいとするかは個人的な美学の問題だ。「夕焼けが綺麗に見える気象条件は何か」という問い自体、半ば科学だが半ば哲学論争であって、考え始めると奥が深い。

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