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みんな怪しい [社会]

job_tantei_foreign.pngミステリー小説やドラマの定石の一つは、怪しく見えなかった普通の人物が実は犯人だった、というパターンである。驚愕の真相をいかに矛盾なく物語に忍ばせるか、伏線や隠れた犯行動機を緻密に仕掛けるのがミステリー作家の腕の見せ所であり、それが良く出来ていれば読者や視聴者はまんまと騙されても結末で胸のすく思いがする。しかし、熟練の読者はちょっとやそっとでは騙せないから、作者も裏をかくのは容易ではない。そこで、時として定石そのものがひっくり返される。

アガサ・クリスティは時々大胆な賭けをした。『オリエント急行』のように容疑者全員が犯人だったこともあれば、『アクロイド殺し』のように語り手が真犯人という禁じ手すれすれのトリックを使ったこともある。あるいは、はじめにトリックを視聴者に明かしてしまう『刑事コロンボ』のスタイルがある。コロンボ方式のメリットは、ネタバレの心配がない(初めからバラしている)ので豪華ゲスト俳優を犯人役として毎回堂々と起用できることだ。『コロンボ』シリーズがあれほど長期間続いた背景には、真相解明より刑事と犯人の駆け引きで引っ張る天才的なアイディアが功を奏していたことは疑いない。もっとも、ドストエフスキーは『罪と罰』で既にその手法を存分に活用していた。

日テレのドラマ『真犯人フラグ』が完結した。同じ制作陣による前作『あなたの番です』と同様、見るからに怪しい登場人物がぞろぞろ跋扈し、その中には実際に相当ヤバい輩もいれば、単に怪しく見えるだけの無害な人もいる。小ネタを小出しにしながら回を重ね、全てを操るラスボスは誰かという謎解きで最終回まで引っ張る仕組みだ。第2クール後半は毎回一人ずつ善い人キャラが崩壊していったり元に戻ったり、カオスがいっそう深まる。もともと連続ドラマは面倒であまり見ないのだが、『真犯人フラグ』は一度うっかり見てしまったが最後、途中で止められなくなってしまった。

露頭からほんの少し顔を出す石塊を手がかりに恐竜の化石を掘り当てるように、わずかな手がかりから埋もれた真相を推理するのがミステリーの伝統であった。対照的に、わざと過剰な手がかりを派手に散りばめて真相を煙に巻くのが『あな番』や『真犯人フラグ』の手法である。真偽不明の情報がネットを飛び交う混沌の中でなにが本質かを見極めなければいけない時代、雑音だらけで情報過多なミステリーのほうが逆にリアリティがあるということか。

蓋を空けてみると真犯人予想の下馬評を裏切る結末で、最終回のあとファンはしばしネットで騒然としていたようだ。消化不良の印象を拭えない視聴者も少なくなかったようだが、つまるところオチはさほど重要ではない。『真犯人フラグ』には柄本時生さん演じるユーチューバーが狂言回しのように登場したが、彼のいかがわしさと無邪気さこそ、このドラマがえぐる情報化社会の功罪を最も端的に象徴しているのである。

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