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動物検疫の特例措置 [動物]

ウクライナからの避難者が、同伴した飼い犬の180日に及ぶ隔離とその間の費用負担を余儀なくされると報道され、非難が沸き起こった。それを受け厚労省が特例措置として条件付きで隔離を緩和する方針を発表したところ、今度は狂犬病を軽視するなと逆の立場から反論が巻き起こっている。この問題について少し考えてみたい。

pet_inu_chuusya.png国外から犬を持ち込むには、現行法では出発地で狂犬病予防接種を打ち十分な抗体価が確認できてから180日を置いてようやく入国できる。通常はその期間を見込んで半年以上前から準備をすることになる。仮に出発地で100日しか待機期間を確保できなかった場合、残り80日を日本の検疫施設で隔離しないといけない。ウクライナ避難民のケースではもちろん本国で事前準備できる状態ではなかったので、法律上180日まるごと検疫所に留め置かれることになるのだ。厚労省が発表した特例措置は、マイクロチップ装着に加え2回接種を行い抗体価が基準値を満たせば、健康観察と定例報告を条件に待機制限を緩和する(飼い主が引き取ってよい)というものである。震災などの折に海外から導入される災害救助犬と同じ扱いだそうだ。

さて、そもそもなぜ抗体ができた「後」に待機期間が必要とされるのか?それはワクチン接種より前に狂犬病に感染した可能性を排除できないからである。ウイルスの潜伏期間を見込んで180日のあいだ様子を見るのだ。発症しない限り感染の有無を確認する術はないが、日本のように飼い犬がルーチン的な予防接種を受ける体制があれば、狂犬病にやられている可能性は低い。実際、ウクライナでも犬の狂犬病予防接種が義務付けられているようである(参考資料PDF)。もちろん今のウクライナ政府に接種証明書を発行する余裕はない。でも日本に来た飼い主への聞き取りはできるし、日本到着時に抗体検査をすれば近過去の接種歴を間接的に確認できるはずだ。

本当に180日も必要なのかという疑問もある。狂犬病ウイルスの潜伏期間は、犬では3-8週間だそうである(大阪府獣医師会)。例外的に長い事例を想定して半年に設定したのかと思うが、最近まで運用されていた新型コロナの14日自己隔離と同じで、サバを読みすぎるとそれはそれで運用上の支障がいろいろ生じる。欧州各国もウクライナ避難民が同伴するペットの検疫についてはいろいろ決まりがあるが(まとめサイト)、日本のルールは破格に厳しい。

狂犬病ウイルスは、罹った動物に咬まれると人間にも感染する。速やかに適切な処置をすれば助かるが、発症してしまうとほぼ確実に死に到る。今でも世界で年間5万人強の死者が出るそうだ。現在の日本は数少ない狂犬病清浄国の一つで、厳格な検疫制度はもちろん、徹底した野犬管理の成果がその背景にある(日本の街で野良犬を見なくなって久しい)。コロナのように飛沫感染はしないので、原則ヒトからヒトへは拡がらない。大量殺処分に至った海外の狂犬病発生事例を引き合いに出す人もいるが、日常の中で動物に咬まれる恐れが相当低い日本社会に見合ったリスク査定をするべきである。

現実的で有効な狂犬病対策を踏まえた上で、命からがら逃げてきたウクライナの人々が家族同然に大切にしている動物たちをどう扱うべきか、政府の温もりある対応が試されている。特例措置については賛成も反対もネット上の情緒的な反応が先行しがちだが、理性的・建設的な検討が進むことを願う。

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