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ウィル・スミスのビンタ問題 [海外文化]

figure_oufuku_binta.pngウィル・スミスがアカデミー賞表彰式の場でクリス・ロックにビンタを食らわせ騒動になった。ロックがスミスの妻ジェイダの短髪をネタにしたことに怒りを爆発させたということである。ジェイダ・ピンケット・スミスは脱毛症を患っていたことをインスタ等で公表していた。ウィル・スミスへの同情論と、理由はなんであれ暴力に弁解の余地はないという批判が交差し、賛否両論が盛り上がっている。

同情論はクリス・ロックへの批判の裏返しである。コメディアンなのだから際どいジョークで笑いを取るのは仕事のうちだが、とは言え病気で頭髪を失った人の容姿をからかうのは許されるのか?お笑いに求めるOKとNGの線引きには、個人の価値観はもちろん文化的な受容度の違いもある。英国コメディ界のヒーローMr. Beanは老人や病人も容赦なくイジるので、日本人の感覚ではほぼ放送禁止レベルかと思われるような危ないネタもある。とは言え、スミスを刺激したクリス・ロックのジョークはアメリカでも好意的には受け止められていないようである。確信犯で笑いを取ったのなら下衆な話だが、そもそも彼はピンケット・スミスの脱毛症を知らなかったという話もある。

ウィル・スミスへ批判的な意見の方は、単に暴力反対というほかにいくつか別の観点があるようだ。愛する妻を侮辱され腹を据えかねた、というシナリオは同情論を煽る反面、その直情的な思考回路そのものを疑問視する論者も少なくない。スミスの行為を男性=庇護者という時代遅れのマッチョ社会観と見るフェミニズム的批判があれば、黒人と暴力が結び付けられがちな人種偏見をスミス自ら助長したと指摘する人もいる。ハリウッドの頂点を極める大スターが「格下」のコメディアンを公衆の面前で叩いたという事実も後味が悪い。平手打ちの被害そのものより、「あのウィル・スミス」が「あの流れ」でやらかしたが故に図らずも浮かび上がったメッセージ性にいろいろ物申したい人が多いようである。

クリス・ロックが問題のジョークをかましたとき、気丈ながら傷ついた表情を隠しきれない妻ジェイダの隣で、普通に笑っているウィル・スミスの映像が残っている。その直後に彼は立ち上がってビンタしに行き、席に戻った後も大声で悪態をついた。あれは本当にクリス・ロックへの純粋な怒りだったのか?それとも、つい笑ってしまった己の失態を大袈裟なパフォーマンスで取り繕いたかったのか?本来ウィル・スミスが取るべきだった態度は、ロックのネタにニコリともせず、黙って妻の手を握ることではなかったのか。あの出来事の直後、デンゼル・ワシントンがウィル・スミスを諭した言葉が「気をつけた方がいい。最高の瞬間にこそ悪魔は忍び寄ってくる。」だったと言う(しびれるセリフだ)。あのときウィル・スミスに取りついた悪魔とは、強すぎる家族愛が冷静な判断を曇らせたことだったのか、それとも本人が標榜するほどには強くなかった愛を妻に見透かされる恐怖だったのか。

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